2016年9月号
単発記事
東北メディカル・メガバンク計画
―健康復興から始める産学連携―
顔写真

長神 風二 Profile
(ながみ・ふうじ)

東北大学東北メディカル・メガバンク機構 特任教授


顔写真

山本 雅之 Profile
(やまもと・まさゆき)

東北大学東北メディカル・メガバンク機構 機構長


東日本大震災の被害を受けて、地域医療の復旧や長期的な健康調査を行い、複合バイオバンク*1の構築を実践してきた東北メディカル・メガバンク機構。15万人規模のゲノムコホート形成とバイオバンク構築が完成目前となり、解析事業では株式会社東芝と産学連携を成功させた。さらに創薬での産業利用に期待が掛かる。

はじめに

東北メディカル・メガバンク計画(以下「当計画」)は、2011年3月に発生した東日本大震災の被害を受け、東北大学大学院医学系研究科の発案により、個別化医療・個別化予防を中心とした次世代型医療の実現を目標に掲げる国家プロジェクトとして始まった。プロジェクト発足の経緯や詳細な目的については、本誌既刊**12をはじめ既に報告してきたので、本稿では概要のみとし、2016年6月上旬現在の進捗を産学連携に関わる面に触れながら紹介する。

ゲノムコホート調査の進捗

東北大学は当計画の進捗を目的に、東北メディカル・メガバンク機構(以下「当機構」)を2012年2月に設立した。次いで岩手医科大学も、いわて東北メディカル・メガバンク機構を設立し、両機構は協働して15万人の参加を目指したコホート調査*2を2013年5月に開始した。15万人のうち8万人(宮城県5万人、岩手県3万人)は一般成人住民を対象とした地域住民コホート調査(写真1)、7万人は妊婦とその家族をリクルートする三世代コホート調査による。

写真1 地域住民コホート調査の風景。各自治体の会場に伺って調査について丁寧に説明する。

当計画のコホート調査は、次世代医療の実現を目指しており、参加者のゲノム解析を行うこと、また、提供を受けた生体試料をバイオバンクとして保管し、全国の研究者の利活用に供することを大きな特徴とする。地域住民などの対象者に対しては、この主要な2点を含め、本機構の目的を対面による十分な説明(インフォームド・コンセント)の上で、同意をいただいている。本稿執筆現在、地域住民コホート調査については、目標を上回る人数の登録を得て新規募集を終了した。三世代コホート調査についても5万5000人を超える参加を得て、両コホート調査への参加者数は総計14万人超となり、今年度内の登録目標達成が現実的なものとなってきた。

解析事業の進捗とバイオバンクの構築

コホート調査で提供を受けた生体試料は、一部は直接検査に回されて参加者への結果回付と調査のデータ蓄積用とされる。残りは東北大学に運ばれてバイオバンク構築に供される。当計画のバイオバンクの特徴は、生体試料の保管のみならず、ゲノム解析など代表的な解析を自ら行ってそのデータを蓄積する点にある(写真2)。このシステムを複合バイオバンク(Integrated Biobank)と呼ぶ。ここで得られた解析情報は、アンケートや各種解析結果、試料とともに、外部委員を中心とする試料・情報分譲審査委員会*3の審査を通じて全国の研究機関・研究者に利用される。当バイオバンクの試料・情報の外部利用(試料・情報分譲)は2015年8月に開始がアナウンスされ、既に分譲実績を重ねつつある。分譲は、研究目的を原則とした上で、企業の利用も認めている点が当計画の特徴であり、日本におけるバイオバンクでは先駆的である。

写真2 生体試料を保管するバイオバンク設備。貴重な検体の保管プロセスは可能な限り機械化されている。

このように、当計画における「ゲノム・オミックス解析」は、分譲対象とし、広くデータシェアリングする目的で行っている。すなわち、多くの研究機関が望む汎用(はんよう)性が高い解析は、当計画内で行われ、各機関は試料・情報分譲を通じて解析データを利用できるようになる。

当計画においては、東北大学によってまず全ゲノム解析が進められ、2013年11月に1,070人分の解読完了が発表され、2015年12月には、得られた全SNV*4のアレル頻度情報などの公開がなされた**3*5。さらに2016年6月には、全ゲノム解析の公開対象が2,049人分に拡大された*6。また、東北大学は網羅的なプロテオーム・メタボローム解析にも挑み、2015年8月には500人分のデータを公開している**4。一方、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構は、2016年4月にエピゲノム解析(メチル化解析)、トランスクリプトーム解析、ゲノム解析の3層の「オミックス解析」の成果を公開している**5

解析事業に関わる産学連携

前述の公開された解析データは、いずれも日本国内において最大規模で、かつ高品質なものである。解析の進行と共に、データの利活用について、学術機関だけでなく企業からも注目を浴びている。

中でも東芝は、文部科学省と国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)による「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」の拠点の一つである「さりげないセンシングと日常人間ドックで実現する、理想自己と家族の絆が導くモチベーション向上社会創生拠点」に、東北大学などと共に参加していることから、当機構と積極的に連携している。具体的には、同社は当機構が全ゲノム解析結果を基に開発した日本人用DNAアレイ「ジャポニカアレイ®」のライセンスを受けて、2014年12月にゲノム解析サービスを開始した*7。「ジャポニカアレイ®」は、全ゲノム解読で約30億塩基を読むのに対して、60万カ所超の場所を読むアレイだが、その場所は全30億塩基の構造を推定するのに最適とされる位置が選ばれている**6。2016年までに万単位のオーダーでの利用を受けているとされており、基礎研究の産学連携例としては類例のないスピードでの事業化成功例といえるだろう。

また、その後も当機構が公開したデータを基にした種々の問い合わせを、研究機関・企業含め多数いただいており、今後も産学連携の具体化が期待されている。

試料・情報分譲による産学連携の可能性

前述の通り、当計画のバイオバンクでは、試料・情報分譲審査委員会による審議を経て試料・情報の外部利用が行われる。従来、わが国のバイオバンクでは、共同研究利用による試料などの利用が図られてきたが、当計画の分譲との大きな違いは、知的財産の取り扱いである。すなわち、当計画の分譲を経て外部機関によって得られた研究成果は、その外部機関に知的財産が帰属する。この仕組みは、創薬などの分野におけるバイオバンクの産業利用を促進するものと考えている。

また、このような産業利用を見据えて、東北大学東北メディカル・メガバンク機構ではバイオバンクの品質管理に留意し、品質管理についてバイオバンク室でISO9001を取得するとともに、情報セキュリティについても関係する3室においてISO27001を取得するなど、検体・情報処理プロセスを厳しい国際標準に適合するようにしている。

現在、多数の企業などから、バイオバンクの試料・情報の利用について問い合わせを受け、バイオバンク利活用に関する産学連携の実現が期待されている。

Add-on Studyなど今後の可能性

前項と前々項で、解析研究やバイオバンク利活用における産学連携について述べたが、当計画におけるその可能性はそれにとどまらない。当計画のコホート調査では、参加者に対して4~5年置きに再調査をお願いする計画である。参加当初に受けていただいた調査に相当する包括的な健康調査を再度行うことで、健康状態の推移を調べるものである。その際に、一部調査については、最近の技術革新などを反映して、検査機器や方法を新たにしたり、項目そのものを新たに付け加えたりすることが計画されている。機器や測定方法の新規導入に当たっては、開発・生産に携わる企業などと調査を行う大学側との間で相互に利益のある連携を模索することができるのではないかと考えている。本稿が掲載されるころが、まさにそうした第二次調査の項目を決めていく時期に当たり、具体的な提案を多方面から期待したい。

また、コホート調査参加者の一部に対して、より詳細な調査を提案する追加調査(Add-on Study)も計画・実施されている。当計画では、成人の参加者の一部を対象に、MRI調査が行われており、また、三世代コホート調査の少数の参加者を対象に日々の生活習慣や測定値を調査する企業との共同研究で行われている(マタニティログ調査*8)。こうしたAdd-on Studyは、測定データをその研究終了後にバイオバンク収載情報とするなどの条件を満たせば、当計画をより豊かなものにするものとして、外部からの提案が歓迎されるものである。

おわりに

当計画は国の支援の下、地元住民の方々、各自治体、医療機関などさまざまな方面からの多大な協力を得て進められ、国際的な成果を挙げ始めている。当計画によるコホート調査、バイオバンク、解析事業は、いずれも主たる推進機関である東北大学と岩手医科大学のみによって成し得るものではない。大学では思いもよらないような提案をいただきながら、多くの協力を得ることで、より広く深い成果を得られると考えている。

●参考文献

**1
山本雅之. “被災地の皆さまへ 次の世代のために新しい医療を創造”. 産学官連携ジャーナル2012年9月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2012/09/articles/1209-02-7/1209-02-7_article.html, (accessed 2016-09-15).

**2
山本雅之. “大震災からの創造的復興と東北メディカル・メガバンク”. 産学官連携ジャーナル2014年3月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2014/03/articles/1403-01/1403-01_article.html, (accessed 2016-09-15).

**3
Nagasaki M et al. “Rare variant discovery by deep whole-genome sequencing of 1,070 Japanese individuals”. NATURE COMMUNICATIONS. 6, 8018, doi:10. 1038/ncomms9018.
http://www.nature.com/ncomms/2015/150821/ncomms9018/full/ncomms9018.html?WT.ec_id=NCOMMS-20150826&spMailingID=49403992&spUserID=ODkwMTM2NjQyNgS2&spJobID=743954799&spReportId=NzQzOTU0Nzk5S0, (accessed 2016-09-15).

**4
“Item Table”. jMorp(Japanese Multi Omics Reference Panel).
https://jmorp.megabank.tohoku.ac.jp/, (accessed 2016-09-15).

**5
iMETHYL(integrative DNA methylation database),
http://imethyl.iwate-megabank.org/, (accessed 2016-09-15).

**6
Kawai Y et al. “Japonica array: improved genotype imputation by designing a population-specific SNP array with 1070 Japanese individuals”. Journal of Human Genetics. 2015年6月号.
http://www.nature.com/jhg/journal/v60/n10/full/jhg201568a.html, (accessed 2016-09-15).

*1
生体試料を収集・保管し、研究利用のために提供を行う。東北メディカル・メガバンク計画のバイオバンクは、生体試料のみならず、その解析情報も扱うことを特徴とする。

*2
ある特定の人々の集団を一定期間にわたって追跡し、生活習慣などの環境要因・遺伝的要因などと疾病の関係を解明するための調査。

*3
東北メディカル・メガバンク計画において、東北大学と岩手医科大学によって設けられた外部委員会。バイオバンクの試料・情報分譲について、その計画・規則や個別申請案件について審査を行う。

*4
Single Nucleotide Variantの略。一塩基多様体。個人間でゲノムの一塩基が異なる状態、またその箇所。

*5
“「全ゲノムリファレンスパネル」のアレル頻度公開情報を拡充しました”. 東北大学東北メディカル・メガバンク機構ウェブサイト.
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/news/13358, (accessed 2016-09-15).

*6
“日本人ヒト全ゲノム解析に基づく高精度の住民ゲノム参照パネル(2,049人)から全SNV頻度情報等を公開します”. 東北大学東北メディカル・メガバンク機構ウェブサイト.
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/news/15894, (accessed 2016-09-15).

*7
“日本人ゲノム解析ツール「ジャポニカアレイ®」を用いたゲノム解析サービスを開始”. 株式会社東芝.
https://www.toshiba.co.jp/about/press/2014_12/pr_j0101.htm, (accessed 2016-09-15).

*8
マタニティログ調査を開始しました”. 東北大学東北メディカル・メガバンク機構ウェブサイト.
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/news/12545, (accessed 2016-09-15).