2016年9月号
研究者リレーエッセイ
医薬品の臨床研究と薬価
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和田 勝 Profile
(わだ・まさる)

国際医療福祉大学大学院 客員教授



国民医療費は、高齢化や医療の高度化などに伴って毎年増加し、2014年度に40.8兆円に達した。その中の国庫負担は各制度平均で25.8%(2012年度)を占め、11.32兆円(2016年度)の巨額となり、一般歳出予算57.8兆円・社会保障関係費32.0兆円の中で最大の歳出項目になっている(介護サービス費に対する国庫負担は2016年度2.81兆円)。2017年度は、社会保障目的税である消費税の税率10%引き上げ再延期、「道半ば」のアベノミクス、英国の欧州連合(EU)離脱、中国経済の減速といった厳しい経済財政環境にある。さらに2017年度は診療報酬・薬価・介護報酬の通常改定がない年であること、補正予算で新たに計上される介護人材の処遇改善費用の増加などを考えると、2016年度以上に厳しい財源不足の下で予算編成を強いられることは避けられない。

現行制度では、国民医療費と介護サービス費が1%増加すると、国庫負担はそれぞれ毎年1,132億円、281億円多く必要となる。このところ国民医療費は3%程度、介護サービス費は5%程度増加してきており、国庫負担はそれぞれ3,400億円、1,400億円ほど多く当初予算に計上する必要がある。

他方、「骨太の方針2015年」では、医療・介護・年金などの社会保障費は5,000億円増の範囲にとどめることとされている。2017年度予算概算要求では、社会保障費は6,400億円増まで認められたが、9月以降の予算編成過程において厳しい査定が行われ、特に医療費・介護サービス費分野で、高額療養費の限度額引き上げなど保険給付の縮小、介護の第2号保険料の総報酬割の導入など、国庫負担の削減・保険料への転嫁といった方策のほかに、増大する薬剤費の節減策が浮上してくることは避けられない。

薬剤費の国民医療費に占める割合は、1980年ごろには38%台と欧米と比べ著しく高く、薬剤使用の適正化と薬剤費の適正化が課題となった。1981年の老人保健制度創設(医療費無料化の廃止、診療報酬の包括化など)、定期的な薬価の大幅引き下げ、1991年の医薬品流通の近代化(薬価算定のバルクライン方式の廃止と加重平均値方式の採用、値引補償制度の廃止)、医薬分業の進展、DPC*1の普及などによって、1999年度には19.6%にまで低下したが、その後、22%前後と高めに推移し今日に至った。

昨年、これまで有効率が低く副作用も強かったC型肝炎治療薬の分野に、ギリアド・サイエンシズ社のソバルディ(5月)・ハーボニー(8月)、アッヴィ合同会社のヴィキラックス(11月)と、画期的新薬が相次いで収載・発売された。これらの薬剤は、肝炎ウイルスをほぼ100%除去し、副作用も少ない。また、肝硬変や肝がんの発症が抑制され、患者の不安の解消も期待できるので、患者への使用が急増した。

長期的に見ると医療費の節減につながり薬剤費用対効果も高いが、高価ということも重なり、内服薬薬剤料総額の対前年同月比の動向は6月81億円、7月108億円、8月140億円、9月217億円、10月291億円、11月348億円、12月430億円と、抗ウイルス剤の使用が急増し薬剤料を押し上げた。その結果、昨年末に突然浮上したのが、2016年4月の薬価基準改定で実施された巨額販売医薬品の薬価の特例的再算定である。薬価収載直後で、年間販売実績がいまだ判明しておらず、また、事前に中央社会保険医療協議会(以下「中医協」)などでの論議が十分に行われない段階で、年末になっての特例引き下げ決定であった。

2015年12月、患者の少ない悪性黒色腫治療薬のオプジーボ*2の効能・効果に「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」が追加承認され、保険適用されることとなった。5万人と推定される肺がん患者にとって大きな朗報であったが、その際、対象患者数等が大幅に増加すると予想されたにもかかわらず、薬価基準価格の見直しは行われず、また、有効率は20〜30%程度であるが、副作用も少なく単なる延命目的で漫然と広く使用される危惧もあった。患者全てにこの薬を投与したとすると1兆7500億円(1人の患者の治療に約3,460万円)もの薬剤費が必要となり、国民皆保険体制を崩壊させると報道されて反響も大きく、治験や開発に携わった医師の間からは戸惑いの声が上がった。

こうした超高額の新医薬品については、患者の視点や国民医療の質向上の観点から、有効性と安全性の厳格な評価、投与すべき患者の適切な選定、効果や副作用の評価に基づく投与中止の判断など、適切な対応が必要であり、臨床治験を担う医師や医療機関にはこの分野でのご尽力をお願いしたい。

保険料や税(財政)の負担、国民皆保険体制の堅持の観点からは、費用対効果・経済性の視点に立った薬価設定、「医師・医療機関」と「保険者」の適切な関与が必要である。そうした合意形成の場として、中医協における論議と判断が不可欠であり、処方し投薬することのできる「医療施設」や「医師」についての要件の設定、適切な投与の在り方についての適切な条件やルール(ガイドライン)の設定が必要となる。

また、いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療(アンメット・メディカル・ニーズ)への対応、日本経済の再興・成長戦略の観点から、新薬開発を担う製薬産業の育成は重要な課題であり、国民皆保険制度との両立を図る工夫が一層必要な時代に入った。既存薬の有用性との比較・国際的な販売額予測・開発コストの評価など薬価算定ルールの見直し、新薬開発促進に資する薬価制度や研究開発税制の制度化、一定の販売額に達した新薬や効能追加時の薬価の再算定の事前ルール化などは喫緊の課題である。大事なことは、製薬産業などにとって予測可能な制度の枠組みを事前に設定することの重要性である。

2017年度予算編成に向け、後発医薬品の使用促進は当然のこと、各患者のレセプト縦覧点検などの審査支払の厳格化、かかりつけ薬剤師機能の展開、上記ガイドラインに沿った審査支払などにより、重複投与、多剤投与の是正など薬剤使用の適正化を図ることが課題となり、そのためにICT*3の活用が一層重要になってきた。医薬品その他の医療サービスの開発・価格の提供と利用は、医療保険制度の持続性確保と密接に関連し相互に依存する関係があるだけに、今後の政策展開を注視していきたい。

*1
Diagnosis Procedure Combination.診療行為ごとの点数をもとに計算する「出来高払い方式」とは異なり、入院期間中に治療した病気の中で最も医療資源を投入した一疾患について、厚生労働省が定めた1日当たりの定額の点数と、従来どおりのDPCにより包括されない出来高評価部分(手術、胃カメラ、リハビリ等)を組み合わせて計算する方式。

*2
わが国で開発された免疫チェックポイント阻害薬。2014年7月承認。

*3
インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジーの略。