2016年12月号
単発記事
ナノ化鉄チタン水素吸蔵合金タンクの実用化
―再生可能エネルギーの電力を水素で貯蔵―
顔写真

内田 裕久 Profile
(うちだ・ひろひさ)

東海大学 工学部原子力工学科・平和戦略国際研究所 教授
株式会社ケイエスピー(KSP) 代表取締役社長
国際水素エネルギー協会(IAHE)*1 フェロー・副会長

筆者は1970年代から遷移系金属、希土類系金属と水素の状態図を作成する研究を始め、その後、ドイツのマックス・プランク金属研究所で種々の遷移系金属の表面上における水素分子の反応機構を追求してきた。当時、地元シュツットガルトのダイムラー・ベンツ社(現ダイムラーAG)は、金属水素化物を搭載した内燃機関型水素自動車を街中でテスト走行させていた。1980年代に帰国してから、希土類系水素吸蔵合金や磁性材料の研究を行ってきた。当時、太陽光の電力と水電解で発生した水素を合金に貯蔵するシステムを研究開発した。太陽光・風力を水素で貯蔵するシステムの運転は今も連続運転しているが、燃料電池が普及している現在、変動の大きな再生可能エネルギーを水素貯蔵する役割は大きい(写真1)。

写真1 太陽光・風力の水素貯蔵連続運転施設(那須電機鉄工株式会社)

大電流にも耐えるニッケル水素電池

水素吸蔵合金は液体水素以上の高密度で水素を吸収するが、水素吸収時に体積が10~20%以上膨張するために微紛化する。合金粒子の飛散防止を目指してシリコーンと合金粒子を混ぜたフレキシブル水素吸蔵シートをつくりだした。これがニッケル水素電池開発へとつながり、1988年、1,000回以上の充放電が容易に可能だという実証をした*2。その後、東海大学ソーラーカーに搭載し、ニッケル水素電池は大電流にも十分に耐える蓄電池であることを実証した。

ベンチャー育成の原点

1990年代、磁性材料分野では希土類・鉄窒化磁石、薄膜化超磁歪材の研究を公益財団法人神奈川科学技術アカデミー(KAST)の「内田超磁性材プロジェクト」として産学公連携で行った。勤務先の東海大学は、電話通信ケーブルの発明特許で創立された経緯もあり、産学連携は伝統的に自由な雰囲気で行われている。このときの経験が、かながわサイエンスパーク(KSP)にある株式会社ケイエスピーというベンチャー育成機関を運営する原点になっている。

水素吸蔵タンクとして製品化

写真2 ナノ化鉄チタン水素吸蔵合金タンク(50kg級)

1950~60年代、原子力工学の発展とともに、中性子吸収材として金属水素化物の研究が世界で集中的に行われた。水素吸蔵合金は60年代後半に鉄チタン合金が発見され、直後に磁性材料の研究の中から希土類系水素吸蔵合金が発見された。マグネシウム系合金もその後出てきたが、最も古くからある鉄チタン合金は安価だが、製造後は水素との反応性(初期活性化)が悪く、使いにくいという欠点があった。

那須電機鉄工株式会社、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターと一緒に、筆者らは鉄チタン合金をナノ構造化することで初期活性化を容易にすることに成功し、これを安価な水素吸蔵タンクとして製品化することができた(写真2*3

水素分子は原子状に解離して初めて表面酸化被膜を通過し、金属内部に拡散できて水素吸収反応が始まる。しかし金属表面は酸化被膜に覆われていて共有結合の水素分子は解離できない。水素分子の解離には金属表面との電子交換が必要である。筆者は金属表面への金属コーティング、アルカリ処理、フッ化処理、イオン照射など多様な表面処理研究を行い、その結果、金属表面の電子の仕事関数を下げることが重要であることに気付いた。ナノ構造化すると合金表面の電子の仕事関数が低下し、初期活性化が容易になる**1。幾つかの企業でナノ化合金タンクをテストしていただき、水素吸収・放出反応が速く、十分に実用的な合金タンクであることが実証されている。

ナノ化合金の大量生産体制突入で近づく水素社会

鉄チタン合金は、ほかの合金に比べて最も安価で、合金タンクも従来の半額程度になると試算している。那須電機鉄工はナノ化合金の大量生産体制に入り、再生可能エネルギーと水電解で製造した水素を安価に大規模に貯蔵できる日が現実になりつつある。蓄電池や高圧水素ガスによる貯蔵方法とは異なり、10気圧以下の低圧で、安全、安定的に長期間にわたる水素貯蔵が可能になり、水素ステーション用大量水素貯蔵、再生可能エネルギーの水素貯蔵、燃料電池と組み合わせた電力変動調整などにも広く利用できる可能性がある。合金タンクの容量を選ぶことで分散型小規模エネルギー貯蔵にもフレキシブルに適用できる。水素社会の実現が近づいている**2

●参考文献

**1
Haraki, T., Oishi, K., Uchida, H., Miyamoto, Y., Abe, M., Kokaji, T. and Uchida, S.. “Properties of hydrogen Absorption by nano-structured FeTi alloys”,
International Journal of MATERIALS RESEARCH (formerly Z. METALLKUNDE).
2008, vol. 99, no. 5, p. 507-512.

**2
内田裕久. “第17回「なぜ今、水素なのか?~2015年水素時代の幕開けに寄せて」”. 日経スマートシティコンソーシアム.
http://bizgate.nikkei.co.jp/smartcity/technology/001886.html. (accessed2016-12-15).

*1
http://www.iahe.org/

*2
日本工業新聞1988年6月21日 第一面

*3
電波新聞2016年3月30日