2017年7月号
特集1 - 先端素材セルロースナノファイバーの可能性
木の国ニッポンの資源
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矢野 浩之 Profile
(やの・ひろゆき)

京都大学 生存圏研究所 生存圏開発創成研究系 教授

セルロースナノファイバー(CNF)は、エネルギー小国ニッポンにおける森林資源の活用と、日本発の先端素材であることから、産業応用への大きな期待を集めている。その可能性、先行する研究の現状、国内の支援体制など、世界をリードするセルロースナノファイバーの最新情報を解説。

はじめに

すごい材料が世の中にある。結晶性のナノ繊維で補強され、3次元的に構造制御された多孔性の高分子材料だ。米国の化学会でこの材料の化学的構造制御について紹介すると言うと、立ち見が出るほど人が集まった。以前、同じ内容を“木材の化学修飾”というタイトルで話した時には全く人が集まらなかったのに。米国の著名な木材研究者から聞いた笑い話である。

何億年も前から地球上に存在する木材は、古くから人類の生活に溶け込み、あまりに身近すぎて、その高性能素材としてのポテンシャルを考えることがなかった。改めて木材の構造を今風に眺めてみると、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度を持つ結晶性ナノファイバーからできた3次元多孔性高分子複合材料という「先端素材」の匂いがぷんぷんする。製造過程で二酸化炭素を固定し、廃棄時は地球環境下での分解性をコントロールできる。しかも生産に要するエネルギーは、金属やプラスチック、セラミックスと比べ圧倒的に少ない。そのため価格も安い。

近年、木材からその結晶性ナノファイバー(図1)を取り出し、材料として使おうという取り組みが世界中で活発化している。セルロースナノファイバーの製造、機能化、構造・複合化に関する研究開発である。先進国の中でも森林資源が豊富なわが国では、特にセルロースナノファイバーに対する関心が高く、産官学のさまざまな分野から注目が集まっている。木材や竹の細胞はセルロースナノファイバーが鉄筋となり約半分を占め、リグニン*1がコンクリートの役割を果たしている(図2)。そのコンクリートを取り除いて、細胞を一つ一つに解(ほぐ)したものがコピー紙などの原料となるパルプであり、わが国では年間2,000万トン近い紙用パルプが流通している。それを機械的処理、化学的処理によって解すことでほぼ100%の歩留まりでセルロースナノファイバーとなる。

図1 木材細胞壁中におけるセルロースナノファイバー

図2 木材の階層構造

セルロースナノファイバーの用途**12

セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル*2の高比表面積、可食性、軽量・高強度、低熱膨張性、生分解性、生体適合性などの特徴を生かし、多種多用な用途開発が進められている。

可視光波長(400~800nm)に比べ十分に細いセルロースナノファイバーは可視光の散乱を生じないため、アクリル樹脂、エポキシ樹脂などの透明樹脂を、その透明性を大きく損なわずに補強できる。

TEMPO*3触媒を用いた酸化処理により、幅10nm以下にまで解繊(かいせん)したセルロースナノファイバーのフィルムは、それだけで高い透明性を示す。適度な透湿性を保ちながらPET(ポリエチレンテレフタレート)やPVC(ポリ塩化ビニル)の100分の1以下の酸素ガス透過性を示すことから、包装容器のコーティング素材として検討されている。

軽量・高強度繊維の特性を生かした構造用途への検討も進められている。ナノファイバーシートにフェノール樹脂を注入後、積層、硬化すると繊維率約90%で鋼鉄の5分の1の軽さで鋼鉄並みの強度の成形体が得られる。このほかに、ゴムの補強材、紙の表面平滑化や紙力増強、食品・化粧品用添加剤、人工血管や人工腱といった医療用途、触媒などの担持体、フィルター素材、二次電池セパレーター、キャパシター*4への応用についても研究されている。

現在は、10を超える企業や公的機関においてセルロースナノファイバーやセルロースナノファイバー複合樹脂材料の製造が始まり、サンプル提供が始まっている。その中から、脱臭性を高めたセルロースナノファイバーを添加した大人用の紙オムツや、チクソトロピー性*5を利用し液垂れを防いで書きやすくしたボールペンインクなどがすでに商品化されている。

われわれは、製紙メーカー、製紙薬品メーカー、地方独立行政法人京都市産業技術研究所との産学官共同研究で、化学変性したセルロースナノファイバーをポリプロピレンやナイロン6といった熱可塑性プラスチックに10%混ぜると強度が2~3倍も向上することを明らかにし、樹脂成形品の発泡化技術と組み合わせながら、軽量、高強度の特性が求められる自動車など輸送機用の構造部材への利用を検討している。原料である木材や竹などの木質バイオマス*6からリグノパルプ*7を製造し、乾燥シートとし、それを化学処理後に粉砕し、樹脂と溶融混練して高耐熱CNF強化樹脂材料を連続的に製造するプロセス(京都プロセス)を開発した。昨年春には、このプロセスに基づく年間1トンのCNF強化樹脂を製造するテストプラント(将来的には年間5トンまで拡張可能)を、京都大学宇治キャンパス内に建設し、サンプル提供を行っている(図3)。

図3 京都プロセスのテストプラント

日本での動き**3

2014年3月に、経済産業省、農林水産省ならびに産学の学識経験者の共同により、セルロースナノファイバーの将来展開プランについて、技術ロードマップが策定された。続いて、6月24日に閣議決定された「日本再興戦略」改訂2014では、木質バイオマスについて“セルロースナノファイバー(超微細植物結晶繊維)の研究開発等によるマテリアル利用の促進に向けた取組を推進”することが明記された(改訂2015、改訂2016においても記載)。それを踏まえ、8月にはナノセルロースに関係する農林水産省、経済産業省、環境省、文部科学省、国土交通省が連携してナノセルロース(セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル、およびそれらを用いた材料の総称)に関する政策を推進することとし、政策連携のためのガバニングボードとして「ナノセルロース推進関係省庁連絡会議」が創設された。関係省庁は定期的に連絡会議を持ち、各省と情報共有を図り施策の連携を模索している。また、昨年5月にはセルロースナノファイバー活用推進議員連盟が発足し、CNF材料の社会実装を支援している。

これらの動きと並行して、14年6月には、オールジャパン体制でナノセルロースの研究開発、事業化、標準化を加速するためのナノセルロースフォーラムを発足し、木材、製紙、化学・樹脂、自動車、電気・電子製品など幅広い分野から200を超える企業の参画を得ている。また、ナノセルロース研究を進めている個人会員と共に、経済産業省、環境省地球環境局、特許庁、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、株式会社産業革新機構、岡山県、高知県、愛媛県、京都市など50近い公的機関が特別会員として参加している。

こうした活発な動きは、地域単位でのまとまりも見せている。東海、近畿、中国、四国などの地域では、すでにナノセルロースに関する研究会、コンソーシアムができている。このような地域の動きを受けて、15年4月には、ナノセルロースフォーラム内に地域分科会が新たに設立され、地域のナノセルロース研究開発の支援に向けて動き出している。

世界をリードするニッポン

わが国は、製紙、化学、樹脂、自動車、電気・電子機器など世界に誇る高度なものづくり産業が狭い国土に集約的に存在している。一方、一歩街を離れれば、そこには国土の7割を覆う森林があり、その3分の2は人工林である。このような地理的、資源的優位性を生かして、森林において持続的に生産される高機能低炭素のセルロースナノファイバー、ナノクリスタルから、得意な分野、技術の連携、組み合わせにより高性能の大型部素材を大量に製造し、自動車や情報家電に組み込み、世界に向けて大いに売っていくことも夢ではない。そうなれば、原料から最終製品までのすべてが“Made in Japan”の未来型産業になる。木の文化を育んできた日本が世界をリードして進めるべき取り組みである。

●参考文献

**1
矢野浩之.セルロースナノファイバーの製造と利用.日本エネルギー学会誌.
2010,vol.89,no.12,p.1134-1140.

**2
矢野浩之.未来の自動車は植物でつくる.自動車技術.2015,vol.69,no.4,
p.71-76.

**3
矢野浩之.セルロースナノファイバー材料の社会実装に向けて.化学経済.2015.
vol.62,no.5.p.22-26.

*1
植物細胞壁に含まれる難分解性の高分子フェノール性化合物。木質素。

*2
パルプやセルロースナノファイバーを高濃度の硫酸で処理して得るセルロース純度の高い結晶性素材。

*3
ニトロキシルラジカル型の酸化触媒。2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル (2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl) の略称。分子式はC9H18NO。

*4
電気2重層を用いた超大容量コンデンサー。

*5
外力による粘度の変化。

*6
再生可能な生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの。

*7
木質素のリグニンを含むパルプ。