2017年7月号
特集1 - 先端素材セルロースナノファイバーの可能性
マッハ4の超高圧水流でバイオマスナノファイバーを作り出す

老舗の産業・工作機械メーカーが注目のナノファイバーを製造し、先端素材の販売に乗り出している。自動車や航空機、医薬化粧品など、生活に欠かせない製品を生み出すため、一貫して「洗う・磨く・削る・切る・砕く・解(ほぐ)す」ための機械を作ってきた産業界の陰の立役者が挑む新事業に迫る。

超高圧水流でナノファイバー化

産業・工作機械の製造販売会社である株式会社スギノマシン(本社:富山県魚津市)が新事業として手掛けるのは、生物資源由来のバイオマスナノファイバー「BiNFi-s®(ビンフィス)」(写真1)だ。

写真1 左から、BiNFi-s®(ビンフィス)1kgパック、粉末、乳液

2011年に、日本初の木材や植物由来のセルロースを原料とした「セルロースナノファイバー(CNF)」と、カニやエビなど甲殻類の殻由来のキチン・キトサンを原料とした「キチン・キトサンナノファイバー」の販売を開始。その後も、用途に応じ製品ラインナップを増やし続けている。

特に、樹木などから作ることができるCNFは、鉄の5倍の強度を持ちながら軽さはその5分の1。資源の少ない日本において、森林資源を生かせる夢の新素材と注目されており、各社が開発・製造・応用にしのぎを削る。

写真2 湿式微粒化装置「スターバースト」

製造には同社独自の超高速・超高圧ウォータージェット技術を応用した湿式微粒化装置「スターバースト」(写真2)を活用した。「スターバースト」は、水に懸濁(けんだく)させた原料を最高245メガパスカル(MPa)に加圧し、二つの対向したノズルから噴射することで原料同士をマッハ4の相対速度で衝突させ、分散・粉砕・乳化・表面改質する装置である。同社が製造販売するこの装置は、東京大学、京都大学などの研究機関や国内企業はもとより海外の企業でも導入されている。しかし、この装置があれば誰でもすぐに高品質なナノファイバーを製造できるわけではない。同社のバイオマスナノファイバー「ビンフィス」は、優れた機械と同社が長年培ってきた製造ノウハウがあってこそ生み出される商品なのだ。

セルロースナノファイバーを作る手法はいくつか実用化されているが、多くは酸やアルカリなど強い薬品を使うか、機械的・物理的に「力任せ」に行われるため、残留薬物や不純物の混入などの問題がある。1ナノメートル=100万分の1ミリというナノ領域では、それらは原料の機能特性を阻害する要因となる。しかし、同社が使うのは水のみであり、また材料同士を衝突させてナノファイバー化するので、薬剤や不純物の心配がない。これは、工業製品においても、医療・医薬品や化粧品・食品においても、大きな強みとなる。

従来の機械製造販売ビジネスだけでいいのか

写真3 スギノマシン執行役員 杉野岳氏(同社本社にて)

同社は機械メーカーとして80年の歴史があり、取引先は自動車、電機、航空宇宙から、化学、土木、食品、医薬品など、ありとあらゆる業界に及んでいる。過去一度でも取引のある企業は数万社を超え、常時5,000社前後との取引があるため、業種の好不況に影響を受けにくく、80年の歴史の中で赤字は一度もない。しかし、2008年のリーマンショック時にはどの業界も落ち込み、創業以来、初めて赤字になりかけた。この時、同社執行役員経営企画本部長兼新規開発部長の杉野岳氏(写真3)は「このまま機械をつくり続けるだけでいいのか」という危機感を持った。同社の機械を使用し生産性を上げたり、他にはない商品を世に送り出し、大きな利益を挙げている取引先はたくさんある。「自社の機械を自ら活用する」。これらが素材製造という新事業へ向かうきっかけとなった。しかし、今すでに市場が形成されている素材に参入しても先行大手にかなうはずがない。「将来性があり、スギノマシンのコア技術がないと作れないもの」「まだ萌芽(ほうが)期で、強者がいない分野」を模索した。それがCNFだった。

09年から本格的に開発に取り組み、サンプル提供期を経て11年には「ビンフィス」の商品名で販売を開始。13年には、文部科学省や経済産業省の補助金を受け、自社工場内に数億円をかけてクリーンルーム付き製造設備を新設。日本初のCNF製造・販売ビジネスで先行する。

社内を説得し、大学との共同研究も

機械に関しては、独立独歩でどのグループにも属さず、そのほとんどを自前で開発してきた同社だが、化学の知識は乏しかった。ナノファイバーは原料となる素材、繊維の長さ・太さ、粘度などによって用途も変わる。そこで名古屋大学、金沢工業大学、金沢医科大学などと応用分野で共同研究を実施した。

そのほか富山県立大学、富山大学、同志社大学など多くの大学や公的研究機関と連携し、衣食住さまざまな分野で応用を進め、幅広い製品とアプリケーションを取りそろえ、化学、食品、医療・医薬、自動車などの関連企業にサンプルを提供した。

また共同研究においては、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)をはじめとする補助金制度も積極的に利用した。

当時、「機械メーカーが何のためにナノファイバーを作るのか」「得意の高圧洗浄やウォータージェット、精密機械加工でいいじゃないか」などと社内外から反対の声が上がったが、事業として完成している金属加工や機械だけのビジネスに依存していては、リーマンショックのような不況になればまた売り上げが落ち込むと考え、より新しい可能性に賭けるべく大学や研究機関、企業との連携を進めた。

しかし、機械メーカーとしてのスギノマシンは知られていたが、素材メーカーとしての認知度はほとんどない。社内から数人の化学系技術者と営業人員を専従として選抜し、事業拡大に奔走したが、業界内での地位の確立と新たな顧客の獲得には苦労した。「機械の場合、顧客の目的は明確です。ところが素材は、研究開発力のある大手は別にして、中小企業からは、応用や最終製品に近い状態での提案を求められます。故に、こちらがそのノウハウを十分に持っていなければ、話をしに行くことすらできません」と杉野氏は説明する。

期待される“水”のCNF

同社は現在の生産設備で「ビンフィス」を1日1トンまで製造可能だが、まだフル稼働に至っていない。CNFを生産する製紙メーカーなどのほとんどがサンプル提供に留まっており、新素材としての需要形成がなされていないからだ。同社のビンフィスは、日本で唯一黒字化しているCNF事業である。しかしながら売上高はわずかで、同社の「柱」といえる存在ではない。一方、CNFを核とした産業展開は地域ぐるみでも行われており、富山県工業技術センターの「ものづくり研究開発センター」では2016年12 月、「セルロースナノファイバー製品実証・試作拠点」の整備について文部科学省「地域科学技術実証拠点整備事業」の採択を受け、今まさに整備を進めている。その最大の特徴がスギノマシンの“水”を利用した技術である。今後はオール富山で“水で作るナノファイバー”を旗印に、同社がその中核となると期待されている。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)