2017年7月号
特集1 - 先端素材セルロースナノファイバーの可能性
セルロースナノファイバーの新価値創造を目指して
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熊本 吉晃 Profile
(くまもと・よしあき)

花王株式会社マテリアルサイエンス研究所
グループリーダー


特異的挙動に魅了

セルロースナノファイバー(CNF)が世界中で注目を浴びるようになってはや10年。筆者は長年パルプセルロースを用いた応用研究に携わり、特にパルプにエネルギーを与えた際に形成される外部フィブリル(CNFの集合体:サブミクロンのサイズ)の特異的挙動に魅了され、それをキーとした応用研究を進めてきた。そんな折、東京大学磯貝研究室(以下「磯貝研」)*1で、2006年に世界で初めて単離に成功したTEMPO酸化法によるセルロースナノファイバー(TOCN)は幅が約3nmとシングル単位(ミクロフィブリルの最少単位)であり、水中では高い分散性を示し、極少量の配合でゲル化するといった数多くの特徴を有していた**12。これは筆者らが当時の技術では最少サイズと考えていたフィブリルとは明らかに一線を画するものだった。このニュースは全世界のセルロースに携わる研究者においてエポックメイキングな出来事であったに違いない(図1)。

図1 TOCNのTEM像とモデル

花王株式会社(以下「当社」)は当時検討していたフィブリル研究を通じ、幸運にも2007年から12年の5年間、NEDOのプロジェクト(ナノテク・先端部材実用化研究開発)において、東京大学、日本製紙株式会社、凸版印刷株式会社の4者で「セルロースシングルナノファイバーを用いた環境対応型高機能包装部材の実用化技術開発」というテーマの下、この新しいナノ素材の応用研究に取り組むことができた。

産学官連携プロジェクトは、まず各機関で役割分担を決め、知的財産権等の契約を締結することから始まった。当社はせっけんや洗剤をベースとした界面活性剤のメーカーであり、素材の界面を操るところでは多少の自負があり、「TOCNの界面制御」を主担当することになった。

産学官連携でさらに掘り下げる

TOCNの表面はカルボキシ基が多数存在しており、水中ではマイナスの荷電状態となっている。そこで、そのマイマス荷電量を制御したTOCN水分散体を基材フィルム上に薄膜塗布することで高い酸素バリア性が発現することが分かった**3。さらに、そのバリア発現にはTOCNのアスペクト比(繊維長/繊維径)も大きく関与していることが実験結果より明らかとなった。産学官連携の良いところは、ここで終わるのではなく、その現象をさらに掘り下げること(本質研究)が容易となる点である。実際にTOCN薄膜のガスバリア発現メカニズムに関しては、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の協力の下、陽電子消滅法を用いて非破壊で内部構造解析が可能となり、その結果、薄膜の細孔が0.48nm(酸素分子は0.34nm)と極めて緻密な膜構造であることが判明した**4。また、東京大学を中心としたメソシミュレーション・コンソーシアムのSNAP-L(構造形成シミュレーター)を用いることで、ある特定のマイナス荷電領域とアスペクト比において、乾燥過程でTOCNが自己組織化し、緻密な膜となることが示され、シミュレーションからもバリア発現のメカニズムが検証できた(図2)。

図2 TOCNの膜形成シミュレーションの例

もう一つ取り組んだ内容はTOCNの表面疎水化である。本来、TOCNはセルロースの高い親水性に由来し、有機溶媒や汎用(はんよう)樹脂などの疎水性媒体中では容易に凝集してしまい、樹脂との複合化は難しい。そこで、当社では種々の疎水基を導入する方法を検討した。疎水基を結合させる部位は反応性の高いカルボキシ基である。そのカルボキシ基等の制御に関しては日本製紙株式会社が担当し、種々の現象理解、原理解明に至っては磯貝研と共に研究を進めた。その結果、ある特定の疎水基を導入することで、樹脂中へTOCNがナノ分散できる可能性が示された。

NEDOプロジェクト終了後も疎水化研究を進め、計算化学により、濡れ性と立体斥力の観点で選定した2種類の修飾基をTOCN表面にグラフトさせる方法(デュアルグラフト法)を開発した(図3)。

図3 デュアルグラフト化TOCNのモデル

その結果、従来困難と考えられていた疎水性樹脂中へのTOCNの孤立分散が可能となった。さらに、モルフォロジー解析により、樹脂中でのTOCNの可視化に成功し、ナノネットワークが形成していることも分かった。それにより、極少量の配合で、従来の強化フィラーでは実現困難と考えられていた高強度、高靱性、高透明性、低熱膨張性など特異的機能が明らかになりつつある(図4)。

これらの成果は言うまでもなく、当プロジェクトで進められてきた本質理解研究が基盤となり、そこから派生した技術である。

図4 疎水性樹脂とTOCNの複合材料

連携短縮された成果

10年の研究開発期間を通し実感していることは、このような新しい素材の応用研究は一企業だけでは到底できず、産学官の連携は必須である。スタート当時はナノ素材の分析一つとっても試行錯誤の連続であり、CNF単独を観察することが精一杯という状況であった。そのナノ素材の表面に位置選択的に疎水基を導入し、樹脂中でナノ分散している様子が観察できるようになると誰が想像しただろうか。確かに10年は長いが、産学官連携でなければその成果もずっと先であったに違いない。

2014年6月ナノセルロースフォーラムが設立され、オールジャパン体制でのCNFの開発および普及促進が図られている。当プロジェクトがそうであったように、真のプロジェクトリーダーの存在とメンバー全員がCNFの魅力に取りつかれ、この素材を使って世の中の暮らしを少しでも良くしようという大志を持って連携することがブレークスルーを引き起こし、将来の社会貢献につながるものと信じてやまない。

●参考文献

**1
Saito, T.; et al, Homogeneous Suspensions of individualized Microfibrils from TEMPO-Catalyzed Oxidation of Native Cellulose. Biomacromolecules. 2006,7(6),p.1687-1691.

**2
Isogai. A.; et al, TEMP-oxidized cellulose nanofibers. Nanoscale. January 2011,issue1.p.71-85.

**3
Fukuzumi, H.; et, al, Transparent and high gas barrier films of cellulose nanofibers prepared by TENPO-mediated oxidation. Biomacromolecules. 2009,p.162-165.

**4
Fukuzumi, H.; et al. Pore Size Determination of TEMPO-oxidized Cellulose Nanofibril Films by Positron Annihilation Life time Spectroscopy. Biomacromolecules. 2011,12,p.4057-4062.

*1
東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 磯貝・齋藤・竹内研究室(製紙科学研究室)