2017年7月号
研究者リレーエッセイ
観光学博士第1号を送り出した和歌山大学の挑戦
顔写真

山田 良治 Profile
(やまだ・よしはる)

和歌山大学 国際観光学研究センター
特任教授(学長補佐)


日本の観光研究を世界水準に引き上げる

和歌山大学観光学部は、前身の経済学部観光学科の1年を含め、設立10周年を迎えた。昨年度は博士後期課程の3年目に当たり、ここに学部・大学院(修士課程・博士課程)を全て備えた国立大学では初のトータルな高等教育課程が制度上完成することとなった。加えて、昨年4月には内外の観光研究者を結集した国際観光学研究センター(Center for Tourism Research:以下「CTR」)も設置され、本格的な研究活動が始動しつつある(図1)。

図1 CTRの研究ユニットの体制

国立大学におけるこうした新たな教育研究体制のパイオニア的構築には、それなりの社会的ミッションが含まれているものと自覚している。われわれに課された基本的な課題は、第1に「観光立国」を掲げているにもかかわらず立ち遅れている日本の観光教育の底上げに貢献すること、第2に社会科学研究における、たこつぼ的な閉鎖性を打破するための一つの教育研究モデルを構築すること、第3にこうした諸活動を通じて、日本の観光研究を世界に互する水準に引き上げることにある。

ここでは、最新の成果を2件紹介しておきたい。

海外学術誌における日本特集号の編さん

1件目は、CTRを拠点とした組織的研究活動の一環として、観光分野の海外学術誌における日本特集号の編集に取り組んだことである。昨年来、学部教員およびCTR研究員の手による一定量の論文・研究ノートを順次投稿し掲載にこぎ着けてきたが、今年度中にこれらを集成した日本特集号が編さんされる予定である。

周知のように、グラフや写真、数式で多くを語ることのできるような研究領域とは異なり、社会科学の分野では概念とその連鎖による論理構成や表現力そのものが内容的に大きな比重を占める場合が少なくない。言い換えれば、言語バリアーが格段に大きい。そのため、国際的な学術研究は、特に発信の面で大きな制約を受けてきた。比較的大きな国内研究者市場の存在も、またこのバリアーを打破する必要を弱めていたといえる。CTRの設立によって、外国語、特に英語による日常的なコミュニケーション環境は格段に進化したが、この国際的研究環境を実際の研究成果の海外発信に結び付ける組織的研究活動が胎動している。

なお国際化という点に関連し、CTRの設置を「てこ」として、学部の卒業に必要な専門科目の全てを、英語による授業でも単位取得可能な教育課程(Global Program)として再編成したことも併せて記しておきたい。

観光学博士の取得者第1号

2件目は、博士(後期)課程の完成年度において、初の修了生を送り出すことができたことである。本研究科における観光学博士の取得者第1号となった竹田茉耶氏を紹介かたがた、このことの意義を述べておきたい。

竹田氏は、本学観光学部・大学院修士課程・博士後期課程の全てにおける第1期生であり、結果としてこの間の本学の改革過程を象徴し体現する存在となった。その博士論文のタイトルは、「『複合型コミュニティ』の創造と観光まちづくり」である。その内容をこの機会に少しだけ紹介しておこう。

直接的な人と人とのつながりには、特定の空間領域における自然発生的な伝統的地域コミュニティと、特定の目的によって任意に形成される社会集団があるが、論文では前者を「基盤型コミュニティ」、後者を「機能型コミュニティ」と呼んでいる。一般的には、前者の弱体化傾向と後者の発展傾向とが交錯する社会集団の多層的状況が広く見られる。そこでは、もっぱら基盤型コミュニティの復活に地域再生の希望を託すことはすでに困難な状況があり、一方で機能型コミュニティの発展に「絆」復活の希望を託すこともまた大きな限界に突き当たる。

基盤型・機能型コミュニティの双方が以上のような限界性を持つとして、では、どうすれば良いのか? その一つの重要な解答が観光まちづくりである。観光まちづくりは、本来的に両タイプの性格を併せ持っており、その意味で「複合型コミュニティ」と定義される。現代の地域再生においては、基盤型・機能型の両コミュニティ活動の連携を意識的・自覚的に仕組むことが重要となっており、観光まちづくりはその可能性を本来的にはらんでいる。このようなスタンスから、本論文の後半では和歌山県海南市黒江地区をフィールドに、そのプロセスが検証されていく。

一般に研究論文、特に博士論文においては、関連分野の既往研究を踏まえた方法論上、あるいは理論的な基盤の存在が欠かせない。しかし、このことがたこつぼ的研究体制の中では、しばしば視野の狭い研究者を生み出しがちである。本研究科で特に意図したことは、これを学際的な指導体制(「チーム研究指導」と呼ぶ)を採ることにより、また同時に社会的な実践とも結合することにより、視野の広く汎用(はんよう)性のある実践的かつ理論的な研究者に象徴される新しいタイプの「博士」を養成しようとしたことである。こうした観点は竹田論文にも反映されていると考えており、関心のある方は是非論文本体を一読願いたい。同時に、新しい研究指導体制の評価は、竹田氏と、彼女に続く修了生のこれからの活躍によってこそ検証されていく性格のものでもあろう。

全ての領域に妥当することであるが、「観光立国」であるためには、「観光教育研究立国」であることがその前提である。

次回の執筆者は、琉球大学 理学部 海洋自然科学科 生物系助教 田中厚子氏です。