2017年8月号
特集 - イノベーションあります
静電紡糸ナノファイバーの実用化を目指して
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金丸 亮二 Profile
(かなまる・りょうじ)

富山県工業技術センター 生活工学研究所 生産システム課長


富山県は全国有数の経編(たてあみ)ニットの産地だ。エレクトロスピニング法の注目によって装置を導入するも、次々と難題に見舞われたプロジェクト。問題を乗り越え、製品化の道筋が見えてきたナノファイバー不織布のウエアや資材シートで新風を巻き起こす。

エレクトロスピニング法によるナノファイバー不織布

エレクトロスピニング法(静電紡糸法)とは、ナノファイバーを作製する代表的な製造方法の一つで、溶媒に溶解した樹脂(高分子)溶液に高電圧を加えることにより、直径数十〜数百nm(ナノメートル)のナノファイバー(極細繊維)を作製できる。細いノズルの先端から、樹脂溶液が高電圧でコレクタ部に引き付けられる際、液表面が互いに反発し、コレクタ部にナノファイバーが形成される。電子顕微鏡で見ると不織布状に形成されているが、肉眼ではフィルム(薄膜)状に見える(写真1)。このナノファイバー不織布は、繊維の比表面積が非常に大きいこと、不織布としての空隙(くうげき)が極めて細かいことから、新素材として注目を集めてきた。

写真1 エレクトロスピニング法によるナノファイバーの電子顕微鏡写真

エレクトロスピニング法の歴史は古いが、大きく注目され始めたのは十数年ほど前からだ。幅広い種類の樹脂を、比較的簡単な装置で作製可能なことから、大学などから数多くの研究報告が出された。このような中、2011年に富山県工業技術センター(以下「当センター」)がエレクトロスピニング装置を導入したことがきっかけで、企業とのナノファイバー製品共同開発プロジェクトがスタートした。

エレクトロスピニング法の最大の欠点

当センターがエレクトロスピニング装置を導入したきっかけは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の助成金を受け、産学官連携の拠点として「富山県ものづくり研究開発センター」(以下「ものづくり研究開発センター」)を開設したことによる。このセンターのコンセプトの一つは、最先端設備を導入し企業に広く開放することによる革新技術の創出や新製品開発の支援である。そこで開設にあたり、繊維関連の先端設備を導入することになった。技術調査や企業の要望調査の結果、当時、関連学会の研究発表会などでも先端技術としてにぎわっていたエレクトロスピニング法の装置導入が決まった。

エレクトロスピニング法の最大の欠点は「低生産性」であるといっても過言ではない。当時盛んに行われていたエレクトロスピニングの研究報告でも、そのほとんどは、ノズル1本でナノファイバーを紡糸する「シングルノズル装置」で作製したナノファイバーのものであった。シングルノズル装置でA4サイズのナノファイバー不織布を作製するには、樹脂の種類によっても違うが、1~数時間程度を要する。そうなると、よほど付加価値の高いものでないと製品としては成り立たない。これでは新製品開発というものづくり研究開発センターのコンセプトに合わないため、世界中でもわずか数社からしか提案されていなかった高生産性装置の導入を検討することとなった。そして幾つかの方式の中から、単純にノズル数を多く配置して紡糸するTOPTEC社の「マルチノズル方式」によるエレクトロスピニング装置の導入を決めた。決め手は作製するナノファイバー不織布シートのむらが比較的少なく、新製品開発という観点に合致していたからだ。

また、導入装置の開発者の一人であった信州大学の金翼水教授からのアドバイスも大きかった。実を言うと、当時、当センターおよび県内の繊維関連企業でエレクトロスピニング法の研究を行っていた者は一人もおらず、基本となるシングルノズル装置を一度も触ることなく、いきなりマルチノズル装置を導入した。今から考えると無謀というほかない。

マルチノズル式装置にも問題浮上

マルチノズル方式のエレクトロスピニング装置(写真2)は、19本×7列で、計133本のノズルを有する。このノズルの多さは、紡糸に至る前のセッティング段階で相当の時間の消費を余儀なくされることとなった。また、単純にノズルを多く配置するだけで生産性が上がるわけではなく、数が多くなるとナノファイバーの紡糸性が極端に悪くなることが、導入してから分かった。具体的に言うと、シングルノズル装置ではかなりの種類の樹脂が問題なく紡糸できるのに対し、マルチノズル装置では途端に紡糸できなくなったり、重大な紡糸むらが生じるなど、ほとんどの樹脂で紡糸できなくなってしまう。各ノズルの間隔の狭さが、樹脂溶液の射出に干渉を与えるためである。

写真2 マルチノズル式エレクトロスピニング装置

当時、装置メーカーは展示会に装置を出品し、実演により生産性の高さをアピールしていたが、それに使用していた樹脂溶液は実演用にしっかり計算して開発されたものだった。その樹脂溶液のレシピはメーカーから決して教えてもらえなかったし、頼りにしていた信州大学も同様であった。装置をメーカーと共同開発していた信州大学としては当然の対応だったが、制限のある中で、できる限りのアドバイスは頂けた。われわれは素人同然だったが、入門編の知識を少しずつ増やしていった。それからはそのレベルに適したアドバイスを頂き、誠にありがたかった。徐々に樹脂溶液の調整方法も分かってきたが、樹脂の種類をはじめ溶媒、添加剤、混合比など無限にある組み合わせの中で、有用なナノファイバーを量産するための最適な樹脂溶液を開発することは容易ではなかった。

産学官連携プロジェクトの発足と開発の現状

当初は物珍しさもあってか、さまざまな企業がエレクトロスピニング装置を利用しに現れたが、前述のような理由で、リピーターは極めて少なかった。ただ、わずかだが継続的に興味を持つ企業が現れ始めた。自社製品への適用など、具体的な目標を持った企業は粘り強く開発を続けようとした。そこでそういった企業を核に、より具体的な目標を掲げてプロジェクトを組むことになった。

核となったのは富山県のニット企業。富山県は全国有数の経編(たてあみ)ニットの産地である。経編は目が細かくほつれにくいという特徴を持つことから、水着、肌着などのウエア、資材用としてはカーシートなどに使用されている。

写真3 国際ナノテクノロジー総合展でのナノファイバーウェア展示

エレクトロスピニング法によるナノファイバーは、高い透湿防水性能と伸縮性能を合わせ持つ一方、単体では薄く強度が弱いという欠点がある。そのニット企業は、ナノファイバーと経編を組み合わせれば、蒸れにくく、かつ伸縮性があって動きやすく、これまでの透湿防水製品にはない特徴のあるウエアができるのではないかと考えた。そこでこれを実現するためのプロジェクトメンバーとして、石川県の繊維加工企業と富山県のアパレル企業が加わった。繊維加工企業はニットとナノファイバーの貼り合わせを、アパレル企業はその縫製を担当した。当センターはナノファイバーの開発を中心に、プロジェクトの推進を全面的にバックアップした。信州大学もアドバイザーとして加わっていただいた。

高性能かつ量産可能なナノファイバーの開発はもちろん、その後の各加工工程も相当な努力を要した。加工工程については、ナノファイバーの性能をいかに保持したまま加工するかに大きな時間が割かれた。経済産業省の助成金などを利用しながら、ようやくウエアサンプルの試作に至った。展示会の出展(写真3)により、アパレル商社から興味を持っていただき、現在、サンプル出荷に向けてデザインなどの企画を行っている。これに先駆けて、開発品の性能に興味を持った商社から引き合いがあり、特殊計器のカバーとして採用されることとなった。具体的な用途は機密となっているが、防衛省も納入先の一つである。実用化の第一号であり、われわれとしてはこれを機に資材分野への応用拡大も検討している。

地の利を最大限に生かして

現在このほかに、二つのプロジェクトが並行して活動している。一つは医薬用品の開発(写真4)、もう一つは防虫用品の開発である。それぞれ医薬品メーカー、防虫関連製品メーカーを主要メンバーとして、実用化を第一に開発に当たっている。そのほか富山県の主要産品の一つであるセルロースナノファイバーとエレクトロスピニングナノファイバーの複合化を検討する企業も現れ始めた。これらは、文部科学省の地域イノベーション戦略支援プログラム「とやまナノテククラスター」をはじめ、国や県の支援を受けながら開発を進めている。

写真4 医薬用品開発例:蒸れにくいサージカルテープ

いずれのプロジェクトも、繊維産業や医薬産業が盛んな富山地区、北陸地区の地の利を最大限に生かして開発に当たっており、近い将来、第二、第三の実用化事例が生まれるものと確信している。