2017年8月号
研究者リレーエッセイ
藻類の魅力
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田中 厚子 Profile
(たなか・あつこ)

琉球大学 理学部 海洋自然科学科 生物系 助教


藻類(そうるい)の研究をしているというと、必ず「なんで藻類?」と聞かれる。さらに論文投稿や研究費申請の際も「わざわざ藻類でそのテーマに取り組む理由」を絶えず問われる。つまり藻類は好奇心をくすぐる存在ではなく、まして心血を注いで研究する意義を感じられる生物ではないように思うのが一般の感覚かもしれない。しかし私は常識や既存の価値の外にこそ、未知なる世界が広がっているのではないかと考えている。

私は、コンブやワカメに代表される褐藻(かっそう)類の中でも、葉緑体が星型になる種に注目し、細胞分裂時の星型葉緑体の形態形成についての研究で博士号を取得した。現在は、アミジグサ類の傷害ストレス応答に興味を持ち、傷害ストレスが誘導する不定芽形成の空間配置パターンや傷害組織の治癒過程の研究をしている(写真1)。水産学とはかけ離れた研究内容が、余計に「なんで藻類?」という疑問を生み出すのかもしれない。

写真1 褐藻アミジグサの天然藻体(北海道室蘭市にて撮影)

藻類の魅力は「曖昧さ」であり「柔軟性」である。例えばライフサイクルに注目しても、褐藻類は幾つかのサブサイクルを備えている種が多く、胞子体世代(2n)や配偶体世代(n)のそれぞれが単為発生を行う様子も頻繁に見られる。単為発生は世代交代をスキップした個体のリニューアルであり、マクロからミクロへの個体サイズの縮小や細胞の新生によって、ストレス環境での個体生存確率の上昇を狙っているのかもしれない。

しかし厄介なことに、クローン個体であってもたどる道筋が同じとは限らないため、胞子体と配偶体がほとんど同じ形態を示す種では、シャーレで培養している個体の世代がバラバラで判別できないケースが生じる。また、褐藻に近縁の単細胞藻類である珪藻(けいそう)では、阻害剤や明暗周期による同調培養を行っても、同調する細胞(無性繁殖によるクローン個体群)は、6割から8割程度にとどまることが知られている。これら二つの例が象徴するのは、たとえクローン個体であっても外部環境などに対する応答が一様ではないということだ。これは実験を行う上で深刻な障害となる特徴ではあるが、一方で、これこそが藻類の生存戦略ではないかと感じることが多くある。人間の感覚では「同じ」だと思っている条件にも、必ず偏った因子は潜んでおり、それを敏感に感じた藻類が個体ごとに異なる反応をしているのかもしれない。つまり「曖昧」に見える反応は、実は繊細な刺激に応答しているものであり、この応答の個体差が種としての環境に対する「柔軟性」につながっていると思う。そしてこの柔軟性が、原始地球から脈々と命をつなげてきた彼らの戦略でもある。この研究者にとっては厄介でしかない生存戦略を包括的に理解しようとした試みは未だ成功していないが、「自然現象や生物という複雑系を丸ごと理解しよう」という最近の野心的なトレンドによって、より深い理解が可能になるのではないかと期待している。

脳も神経もない藻類だが、その生存戦略を観察していると教えられることがたくさんある。前述した個性(刺激への応答の個体差)に対する寛容な姿勢が種としての「柔軟さ=タフさ」となり、生存の機会を増やしていることは、私たちホモ・サピエンスにとっても参考にできる戦略と言えるのではないだろうか。実際、さまざまな個性や価値観に対して寛容な社会を作ろうという動きが活発になっており、まさしく多様な問題に対する柔軟な社会を目指した姿勢だと言える。また、細胞周期やライフサイクルで見られるような「緩い制御でうまくいく方法を確立する」戦略は、管理が厳しくなる一方の現代社会が、これから学ぶべきものかもしれない。事実、フランス滞在中に体験した社会システムは、日本に比べて自由度が高く、多様性を内包できる寛容なシステムであると感じた。彼らの根底には「人は制御できないもの、利己的な行動をするもの」という認識があり、それを受け入れた上で、どうやってコントロールするかを考えた社会システムのように思えた。これは、古くから多様な人種が交わる社会であったことが大きく影響していると思うが、隙のない管理には不向きな社会であるともいえる。しかし、本当に精密で隙のない管理こそが高度なシステムなのだろうか。精密機械が壊れやすいように、管理し過ぎる社会も生物も、内外のストレスに対して脆いはずである。単純なシステムと最小限のエネルギーで生命を維持し脈々と種をつなげる藻類は、長い目で見たら非常に効率の良い高度な生物なのかもしれない。

藻類の研究は曖昧な結果も多く、予想や仮定を否定されることの連続である。私たちの知識の基盤となる教科書は、特定の種を基準に書かれているため、こちらの常識が藻類の現実に合致しないことが多々ある。つまり、藻類を研究することは常識の脆さを実感し、新しい視点を手に入れる機会が多く与えられるということだ。研究者や大学は社会のニーズに応えることも大切だが、一方で、社会が気付いていない価値を発見することも重要な役割である。ニーズの先にあるもの、それを提案する力を私たちに与えてくれるのは自由な研究環境だ。成果主義と実用主義によってこの自由が侵食されているように感じる時代だからこそ、「なんで藻類?」の疑問に丁寧に答えていきたいと思っている。

次回の執筆者は、長崎県立大学 情報セキュリティ学科 教授 松崎なつめ氏です。