2017年11月号
研究者リレーエッセイ
さまざまな研究環境を振り返って思うこと
〜CRISPR(クリスパー)の発見〜
顔写真

石野 良純 Profile
(いしの・よしずみ)

九州大学大学院 農学研究院 生命機能科学部門 教授


企業研究者としてスタート

筆者は大学院生の時に、生涯研究者でありたいと思っていた。しかし、博士課程に進んで、修了後にどうなるのか具体的な想像ができなかった。幸運なことに、修士課程修了後に企業に就職すると、すぐに大学への派遣の機会に恵まれ、引き続き大学の研究室で過ごすことになった。自分の頭の中で大学の基礎研究と企業の応用研究に明確な線が引けていたわけではないが、企業人としてすぐに役立つ研究への意識は、そのまま博士課程に進んだ場合よりもはっきり意識していたと記憶している。結果的に、得られた成果は博士論文にもなり商品化にもつながった。

その後、米国の大学で基礎分子生物学のポスドクとして2年間を過ごした後、企業での研究グループを率いて、遺伝子工学関連製品の開発研究の場で、商品企画から研究、商品化、販売促進、テクニカルフォローまでを担当した。それは、自分たちが開発して製品化したものが世の中で利用されるという実践の場であり、真剣勝負の毎日だった。研究室で実験の手を動かす事だけではなく、それ以外のバイオビジネスに関する多くのことを学んだ。新規のものを開発すると、当然まずは特許出願であり、学術論文とは異なる特許明細書の書き方も学んだ。また、米国企業との提携など、対外的な交流や交渉の経験も積むことができた。

官民プロジェクトの研究者

企業の研究所で研究経験を積み上げていた1990年代前半の筆者は、耐熱性の遺伝子工学用酵素の研究から超好熱菌を扱うようになり、生物が100℃の高温でどのようにして生きているのかに強く興味を引かれるようになっていった。そのような超高温で生息する生物はアーキア(古細菌)と呼ばれるもので、当時アーキアの分子生物学はほとんど未開の地だった(図1)。筆者は経済産業省と民間の製薬企業や化学企業との共同国家プロジェクトであった生物分子工学研究所(大阪府吹田市)での研究機会を得たことを機に、超好熱性アーキアの分子生物学を開拓すべく、助手と修士課程の大学院生1人と本格的にアーキアのDNA複製と組み換え修復の研究に乗り出した。官民プロジェクトには時限が付いており、筆者にとっては38歳で時限付職への転職であった。企業の研究所に比べれば圧倒的に基礎研究色が強くなったものの、研究所の成り立ちから、やはり特許出願重視であったし、定期的なバイオ経営会議ではビジネスの見通しが議論された。研究所の多くのグループリーダーは大学出身者であったので、そのような環境に少なからず戸惑いがあったと思うが、筆者は逆に基礎研究がよりしやすくなったと感じた上に、研究所の置かれた状況をきっちり理解できていた。時限付きではあったものの、タンパク質科学的研究を進めるには理想的な研究組織ができており、構造解析、情報解析、機能解析、機能創製の高度な専門家が所内にそろっていた。大学や企業では決して望めない環境で、研究がどんどん進み、総勢数十人の研究所であるにもかかわらず、大きな大学にも増して基礎研究成果が出たことは評価されるべきだと思った。それが時限とともに消えてしまったことは残念なことである。ただ、研究所の成果を短期的にバイオビジネスに結び付けることには少々無理があるように思えたし、筆者自身の企業研究所時代に比べると、明らかに基礎研究にシフトしていたことも確かである。プロジェクト終了時期が近づくと、所員は順次就職先を見つけて各地へ移動していった。筆者も九州大学に赴任することになり、 2002年に43歳で初めて福岡の地で暮らし始めた。

図1 アーキアの分子生物学

地球上の生物は3ドメインに分けられ、アーキアは細菌と同じように環状ゲノム上に複製起点を有するが、複製装置は真核生物と同じタンパク質から構成される。

大学の研究環境変化

大学の教員として研究を始めた時はまさに大学変革期の始まりで、国立大学法人化が進められており、2004年度に国立大学法人としての運営が始まった。大学が象牙の塔であってはいけないという批判から、大学の研究がどのように役立つのか、一般社会にもっと分かりやすく発信することが求められるようになった。また研究費の配分に差をつけ、研究提案の審査による競争的研究費配分がより明確になった。大学本部は運営上、研究費の獲得を強く奨励し、より多くの研究費を獲得できる教員が望まれるようになった。

企業の研究所在籍時には、急いで商品化を目指す研究をしながら、もう少し時間をかけて基礎から積み上げたいと思っていた。実際に大学に移った時には、企業時代に外から見ていた大学とは異なり、大きく変わっていく様を具体的に肌で感じた。大学では研究テーマの設定に自由度の制限はない。その代わり、研究費の獲得も自分の力次第である。何のために研究をやるのか、目的が明快でないと研究費は得られない。国立大学法人化とともに、そのことは一層明確になったので、筆者にとっては企業在籍時と比べて、大学に移動してからの方が真剣に応用、商品化を意識するようになったという自覚がある。筆者の経歴は、おそらく日本のこの大学の変革には合致した有利なものであったと思う。超好熱菌がどのようにして過酷な環境で自分の遺伝情報を守っているのかという、筆者がやりたかった基礎研究を軸にして進めながら、得られた結果を遺伝子工学技術開発につなげていくという基本方針で研究室を運営してきた。これまで、大学生活における基礎研究成果を社会に役立てる理想的な形を作れていると思う。また、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進するERATO*1、CREST*2、BIRD*3、SPP*4などのプロジェクトに参加し、研究の幅がさらに広がった。プロジェクトの成果として得られた財産を、今後の研究に生かしていけることも貴重である。また、大学に籍を置いてから現在まで合計7社との共同研究を行い、実際に世の中で役立っている技術も提供できている。

アーキアに感染するウイルスの探索のため、温泉からのサンプリング

NIH(アメリカ国立衛生研究所)、Institut Pasteur(パスツール研究所)の研究者と(2016年9月 別府)

さまざまな研究環境の経験から、今思うこと

筆者がこれまで所属したさまざまな研究環境はどれもが重要で、無駄な時間はなかった。得られた経験は今現在全て役に立っており、前述のような確固とした研究姿勢で日夜積極的に進められている。しかし、現在の現役大学教員として気掛かりなこともある。筆者は30年前の博士を取得した直後の研究の中で、CRISPR(クリスパー)*5を発見した。当時は、ある一定の配列単位が等間隔のスペーサーを挟んで何度も繰り返される配列が何を意味するのか全く分からなかったが、あまりにきれいな繰り返し配列なので、きっと何か重要な生物学的意味を持っていると想像した。それが30年の時を経て、画期的なゲノム編集技術に応用されている。ゲノム編集技術は、これからの生命科学をけん引する画期的な技術である。この技術開発の源流が私の30年前の発見にあったことは誠に感慨深い。しかし、振り返ってみると、まだ名前も付いていなかったCRISPRが何を意味するのかを研究するのに、当時の状況で研究費獲得のための提案書を書くとしたら、全く書けないと思う。新たな研究提案が審査されて採択されなければ、研究費がないという状況になる現在のシステムでは、CRISPRのような意味の分からなかったものを発見したとしても、その研究を続けることは難しいだろう。企業研究所出身の筆者が大学教員になって16年、強く感じるのは、今の大学教員には不思議に思ったことを追求する心の余裕がないことである。どんな研究でもできる環境は、大学にしか創れないものなので、独創的な発見につながる芽を摘まないためにも、実施できる研究の自由度がもう少し与えられる環境があってもいいのではないだろうか?

そう感じながらも、筆者にとって残された時間がだんだんと減ってきて、やり遂げたいと思うことが定年までに間に合うだろうかという焦りと葛藤の日々を送っている。

*1
ERATO:Exploratory Research for Advanced Technology 戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究。

*2
CREST:Core Research for Evolutional Science and Technology 戦略的創造研究推進事業。国が定める戦略目標達成に向けて課題達成型基礎研究を推進し、科学技術イノベーションを生み出す革新的技術シーズを創出するためのチーム型研究。

*3
BIRD:Institute for Bioinformatics Research and Development 膨大かつ多種多様な生物情報を整理統合し、有用な知識を見いだすことで新しい産業創出・医療開拓・農業の構築へと発展することを可能とする情報生物科学の創造を目指しバイオインフォマティクス推進センターを設置し、11年間(2001年4月~12年3月)にわたりバイオインフォマティクス研究開発を推進した。研究開発の一部、データベース統合化や統合のための基盤技術開発などは、バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)に引き継がれ、継続されている。

*4
SPP:Science Partnership Program サイエンス・パートナーシップ・プログラムは、科学技術、理科、数学に関する観察、実験、実習等の体験的・問題解決的な学習活動を支援するもの。

*5
CRISPR:Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat  ゲノム編集技術