2017年12月号
研究者リレーエッセイ
「ダーウィンの海」についての一考察
リチウムイオン電池発明から市場形成まで
顔写真

吉野 彰 Profile
(よしの・あきら)

旭化成株式会社 名誉フェロー



研究開発で乗り越えないといけない三つの関門

新規事業を成功させるためには三つの関門を乗り越えなければならない。それは「悪魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」である。研究開発の場合、「悪魔の川」とは基礎研究という孤独な作業の中でもがき苦しみながら、それまで世界になかった何か新しいものを見いだすまでの辛苦である。次に出くわす「死の谷」とは、基礎研究の成果で見いだした新しいものの製品化、事業化に向けて開発研究の段階に進んでいくが、次から次に課題が噴出して連日連夜対策に追われる日々が何年も続く、この辛苦を表している。

最もつらいのが「ダーウィンの海」である。開発研究でもろもろの課題を何とか解決し、念願の事業化ということになる。工場が完成し、新製品が世の中に出ていくことになる。しかしながら、世の中の人々はその製品をすぐに買ってくれるわけではない。人々が新製品の価値を認め、市場が立ち上がっていくまでに、また数年かかる。これが「ダーウィンの海」である。ここに至るまでに、多額の研究開発投資、工場建設のための設備投資が発生している。それにもかかわらず新製品が売れないのはつらすぎる。

では、リチウムイオン電池の場合の「悪魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」は実際どうだったのであろうか。時系列的にまとめると表1の通りである。

表1 リチウムイオン電池の三つの関門

表の通り、リチウムイオン電池の「悪魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」はそれぞれ約5年間で、計15年の期間を要していた。すなわち、ビーカースケールで研究を始めてから市場の立ち上がりまで15年かかっている。これは決して長くもなければ短くもないと思っている。新製品の事業化におけるごく標準的な姿である。

関心はあるけど買わないよ(ダーウィンの海で起こる奇妙な現象)

「ダーウィンの海」という現象はなぜ起こるのか。「機が熟すまで」という目には見えない要因が働いているのではないかと私は思っている。それを象徴するような、私が体験したエピソードを紹介したい。それは「関心はあるけど買わないよ」という奇妙な現象である。

1990年に入ると、現在の携帯電話やノートパソコンといった新商品の企画が始まりつつあった。こうした時期に私は数多くのユーザーを訪問し、リチウムイオン電池の特徴を説明した。どのユーザーも非常に関心を示してくれた。ぜひ前向きに評価を進めたいというのが大半のユーザーの声であった。ユーザーの声を社内に持ち帰り、ユーザーワークが順調に進んでいると報告をするわけである。こうしたやりとりを何度も繰り返すのだが、なかなかそれ以上の具体的な商談には進まないのである。「関心はあるけど買わないよ」という奇妙な状況が続くのである。一番厄介な状況である。後日談で、当時のユーザーにその時の状況を聞いてみると、以下のようなことであった。一言で言うと「先頭を切って走るのはリスクがあるので嫌だけれども、出遅れるのも困る。誰かが走り出したらすぐに動けるようにしておきたい」ということである。「関心はあるけど買わないよ」と言ったが、もっと正確に言うと「関心はあるけど機が熟すまでは買わないよ」というのが正しかったのだ。これが「ダーウィンの海」の特徴的な現象だと思う。それでは機が熟したのはいつだったのだろうか。

ある日突然神風が、それはWindows95(IT変革の波が来た)

このように「ダーウィンの海」独特の膠着(こうちゃく)状態が続いていたが、ある日突然のごとく風向きが変わった。それは1995年のことであった。実はこの年には世界を大きく変えていく出来事が起こっていた。象徴的な出来事はWindows95の発売であった。そうである。95年は現在われわれがごく当たり前のように過ごしているMobile-IT社会の実現に向けて始動していった年なのである。どの統計データを見てもIT関連の技術、製品は全て95年から垂直的な成長を遂げている。Mobile-IT社会に向けて始動していくためには多くの要素技術が出そろっていなければならない。ざっと主立ったものを列記すれば、LSIの超高集積化、液晶などのディスプレー技術、高速ワイヤレス通信網技術、GPS技術、それに二次電池の小型軽量化技術などである。こういった要素技術が出そろったのが95年であったのだろう。「機が熟する」とはまさにこのことである。

こうしてリチウムイオン電池の市場は95年から一気に動き出し、その後急成長を遂げていく。こうしてリチウムイオン電池は「ダーウィンの海」を克服していったのである。