2018年1月号
特集 - 伝統と革新
東京藝大 クローン文化財技術と伝統技術の融合で国宝を再現

描かれたものが分かりくいほど劣化した絵画、痕跡しか残っていない文化財…それらが制作された当時のままによみがえるとしたら。タイムトラベラーのように、時空を超え過去から文化財を持ち帰るようなことができるのか。そんな夢のような技術で文化財や芸術作品を再現したクローン文化財は、地域の伝統工芸も活性化しそうだ。

劣化し、失われる文化財

今、シルクロードの文化財はさまざまな危機に直面している。アフガニスタン中部のバーミヤンは、かつてシルクロードの要衝として栄えていた。ギリシャ文明とゾロアスター教や仏教が融合した東西文明の交流の象徴でもあるバーミヤンには東西2体の大仏があったが、2001年に旧タリバン政権によって爆破され、東大仏の天井壁画も粉々になった。日本でも、模写作業中に焼損した法隆寺金堂壁画など、惜しくも失われ、実物の鑑賞がかなわない作品が多くある。

東京藝術大学「以下(東京藝大)」は高精度な三次元計測機やデジタル画像処理、デジタル印刷技術といった最先端の文化財復元技術を活用し、「クローン文化財」として復元する特許技術を持つ。その技術を用い、劣化が進行し消失した文化財を本来の姿によみがえらせ、未来に継承するための試みの一つが、法隆寺の金堂外陣(げじん)壁画12面、釈迦三尊像と天蓋の復元だ(写真1)。

写真1 展示会場写真「photo:KIOKU Keizo」(提供:東京藝術大学COI拠点)

法隆寺には、現存する世界最古の木造建造群である西院伽藍、その中心付近に建つ金堂には飛鳥時代に制作された釈迦三尊像をはじめとする諸像が配されていた。天井には鳳凰が飛び交う豪華な天蓋が吊るされ、堂内には仏教絵画の至宝というべき壁画が描かれていた。しかし、1949(昭和24)年に金堂外陣壁画12面が焼損し、現在の金堂には昭和40年代に描かれた再現模写が設置されている。

保存と公開の矛盾を乗り越える

写真2 東京藝大 宮廻正明教授

研究開始当初は、高句麗古墳群(世界遺産)の江西大墓の壁画を実物大で複製していた。故平山郁夫元学長が入手していた写真のフィルムを、デジタル技術で画像を鮮明にし、原寸大で制作。仕上げは人の手で細部を手描きで彩色した。そこから進化し、クローン文化財の技術にたどり着いた。

東京藝大大学院美術研究科文化財保存学専攻教授・社会連携センター長(学長特命・社会連携担当)宮廻(みやさこ)正明氏(写真2)は「文化財は保存と公開の両立が求められますが、これは矛盾しています。劣化する文化財は非公開が最良の選択ですが、公開されないと価値が共有されず本来の存在意義が失われます。この問題の解決がクローン文化財の技術です」と説明する。法隆寺の釈迦三尊像は国宝であるため、現地へ行くしか見るすべがない。「門外不出」は広く共有できないことを意味する。そこで、法隆寺管長の大野玄妙氏に、クローン文化財でよみがえらせることはできないか打診したところ、承諾を得ることができた。当時の文化庁長官にも許可を取り、国宝のクローン制作がスタートした。

空間、形状、素材、質感、色を科学分析で忠実に再現

デジタル技術は、伝統的模写や模造の弱点となる「形状の正確さ」や「時間の短縮」においてメリットがある。反面、制作技法が継承されない懸念が残る。しかし画像や造形データの編集と印刷だけをデジタル技術に頼り、それ以外の質感再現や彩色、造形の仕上げに従来の伝統的な手法を用いることで制作技法が継承され、短時間で正確な再現が可能となった。

原本の詳細な調査と、最先端のデジタル技術と伝統的なアナログ技術を駆使し、絵の具や基底材などの成分や表面の凹凸、筆のタッチまで忠実に再現。人の手技や感性を取り入れて原本と同じ素材、同じ質感だけでなく、技法、文化的背景、精神性など芸術のDNAに至るまでを再現する。また失われた文化財も再現可能で、本来5年10年とかかる制作時間を数カ月に、またコストもデジタル技術の併用で大幅にカットできる。そして移動美術館や代替展示公開を可能にしただけでなく、写真撮影はもちろん直接手で触れ、五感で感じることができる。クローン文化財は、保存と公開を両立させる手段として国際社会からも大きな期待が寄せられている。

釈迦三尊像の制作工程

再現工程

①計測・解析原型作成(東京藝術大学COI拠点)


写真3 3次元計測撮影回数は239回を数えた(提供:東京藝術大学COI拠点)


写真4 3D造形出力(提供:東京藝術大学COI拠点)

②銅像の鋳造・彫金(高岡銅器)


高岡銅器は約400年前、高岡の町(現在の富山県高岡市)を開いた加賀前田家2代目当主前田利長が、7人の鋳物師を呼び寄せたことから始まった。当時は鉄が中心だったが、江戸中期からは銅が用いられるようになり、美術品や仏具、茶釜の金属加工技術が発達。真ちゅう、スズ、アルミニウムなどに応用され、スペインの世界文化遺産グエル邸の別邸正門「龍の門」の鐘の復元にも用いられるほど、歴史的記念碑や工芸品修復再現に期待されている鋳造技術である。クローン文化財は、地方創生にも寄与できればという思いから、東京藝大から打診したという。そこで互いの伝統技術とデジタル技術を融合させた復元がスタートした。

写真5 湯口より注湯=右脇侍


写真6 文字の「はらい」や「とめ」は、当時の書体に合わせる

③台座の木工・木彫(井波彫刻)


井波彫刻は、真宗大谷派井波別院瑞泉寺の門前町として栄えた井波(富山県南砺市)で受け継がれる伝統的工芸品だ。大火で焼失した瑞泉寺再建のため京都から彫刻士が招かれ、その技法を宮大工が受け継ぎ、今日の井波彫刻の礎(いしずえ)を築いた。その技術は名古屋城本丸御殿再建時に欄間(らんま)に息づいている。

写真7 荒削りから仕上げまでには200本前後のノミを使い分ける

写真5、6、7:400年を超える高岡市の鋳物技術と600年を超える南砺市の彫刻技術を活用した地場産業活性化モデルの構築・展開事業推進協議会

④仕上げ(東京藝術大学COI拠点)


計測・解析したデータを元に3Dプリンターで原型を制作し、伝統工芸高岡銅器振興組合と井波彫刻協同組合によって、地域に受け継がれてきた鋳物や彫刻の伝統技法を用いて現代へと再現された。最終仕上げは東京藝大の芸術家たちが、科学的に限りなく同質なもので複製した。日本の芸術文化、地域の伝統技術、歴史的美術工芸品の三位一体である。

触れられる文化財で、芸術をより身近に

2017年3月には、聖徳総本山法隆寺、東京藝大COI拠点、同社会連携センターの特別協力の下、富山県高岡市、南砺市らの地場産業活性化モデルの構築・展開事業の一環として、「法隆寺 再現 釈迦三尊像展-飛鳥が告げる未来-」を開催した。会場となったウイング・ウイング高岡(富山県高岡市)には、県内外から18,000人を超える多くの人が訪れた。

東京藝大の成果物はビジュアルインパクトに富む。「JSTフェア2016」では、バーミヤン東大仏天井壁画「天翔る太陽神」を中心に、文化共有研究グループ制作のクローン文化財を出展。また昨年は「JSTフェア2017」で、東京藝大COIプログラムブースに「Study of BABEL」関連展示を出展、それぞれの展示が来場者の視線を釘付けにし、話題を呼んだ。

「あれはできない、これはできないという既成概念が障害になります。何かやろうと思ったとき、例えば『絹にプリントするのは無理』だとか、『3Dスキャンできない部分があるから無理』などとすぐに無理だと考えてしまうことがあります。『できない』という言葉は、最も大きな障害になります。本当に無理かどうか、皆で意見を出し合って、できる方法を探ることから始めないと文化の再現はできません」と宮廻氏は振り返る。

さらに、「すべての国宝をクローン技術で再現してみたい」と宮廻氏の意欲は衰えることがない。「文化財は年間でわずかな期間しか公開されません。その期間以外は見ることができないわけです。保存の最良策は見せないことです。しかし公開は観光と共有のためには必要です。矛盾していますよね。そこでオリジナルの保存期間中はクローン文化財を公開しておけばいいのです」と語る。

13年からスタートした同COI拠点は21年までという時限付きプロジェクトだ。折り返し地点を過ぎたところだが、ゴッホの絵画も変色してきているので、変色前にクローンを制作する話題も絶えず、海外との連携も拡大している。「売買はオリジナルで、文化継承はクローン文化財で」という宮廻氏の言葉が、世界の文化財や芸術を身近にしそうだ。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)