2018年1月号
特集 - 伝統と革新
伝統技術で投資不要のヒット商品を生み出す
慶應義塾大学伝統工芸みらいプロジェクト

慶應義塾大学が仕掛ける「URUSHI TUMBLER(漆タンブラー)」が売れている。福井県鯖江市や越前漆器事業者を巻き込み「地域活性化には地域を知ることから」と古民家を拠点に据え、同大学のリサーチャーが1人移住。本気の取り組みは、伝統工芸や観光事業者のみならず地域住民にも恩恵をもたらそうとしている。

福井県鯖江市、鯖江市商工会議所と地域活性化促進で合意

慶應義塾大学メディアデザイン研究科(以下「同科」)は、イノベーションを自ら生み出し、社会に向けて価値を創出する能力を持つ「メディアイノベーター」の育成をミッションとする。その実働として同科が実践する「伝統工芸みらいプロジェクト」は、越前漆器など地方の“ものづくり”を生かした地域活性化だ。地方創生を机上の提言だけにすることなく、そのノウハウを地域に定着させたいと考え、「伝統産業」と「地方創生」をテーマに2015年にスタートさせた。17年には正式に福井県鯖江市、鯖江市商工会議所と3者で地域活性化の促進に向けた協定を締結した。

きっかけとなったのは、同科教授の岸博幸氏が講演で鯖江市を訪れたときだ。漆塗りが好きで自身のパソコンの背面に漆の蒔絵(まきえ)をあしらっていたことから、地元の漆工芸品の先細りを危惧していた地域住民から越前漆器の将来の相談を受けた。鯖江市長の牧野百男氏との懇談の席でも、地域の主力産業である眼鏡*1だけでなく伝統工芸を活性化しましょうと盛り上がったという。

地元へ移住し、当事者目線で課題を洗い出す

その拠点は、活動内容とコンタクト先に応じて、同科がある神奈川県横浜市の日吉キャンパス、東京都千代田区のSENQ(センク)霞が関、東京都港区の東京プロジェクトルーム、そして福井県鯖江市にある「COTOBA(コトバ)」の4カ所である。

写真1 古民家を改修した地域情報発信拠点「COTOBA」

「プロジェクトメンバーとして居住しているわれわれは、お客さんになってはいけないと思っています。都会では自治会は少なくなりましたが、地方では地域の自治会がサービスの一端を担っています。その自治会活動にも参加して地元の当事者になり、そのリアリティーを共有しながら地域にお金が落ちる方法を考えることが大切です」と同学研究員でプロジェクトリーダーの大江貴志氏は話す。その言葉どおり、地元の古民家を改装した「COTOBA」を拠点とし、同学のリサーチャー1人が都内から移住している。

プロジェクトを進める当事者となり、都市と地方住民レベルで課題を洗い出すことで、自治体や団体の関係者や事業者へのフィードバックも可能となる。そして鯖江市と越前漆器協同組合との連携から食べ物や文化をつなぎ、ストーリー展開によって福井県全体へと拡大させる。

URUSHI TUMBLER(漆タンブラー)の成功で活気づく

本来、漆器の多くは日用品として使われており、高額な芸術品や鑑賞用としての漆器はその一部にすぎない。

「伝統産業の新事業は、その技術ありきで新しい物を作ってしまいがちです。工芸品の技術からスタートすると“技術マッチョ”な商品になってしまい、そのための新しい機械などの投資も必要になってきます。われわれは、一から新しい商品を作らず、産業としての技術を生かしながら消費者が望むものを作ろうと考えました。今のニーズと彼らの技術、今売れているものを検討しながら作る。工芸品の技術で日用品の価値を上げることに主眼を置いたのです」と大江氏。

「今売れる食器とは何か」という疑問の答えは、大手通販サイトの売れ筋ランキングからヒントを得た。売れている食器ランキングでは、常にタンブラーが上位に食い込んでいる。そこで、カメイ・プロアクト株式会社のブランド「thermo mug(サーモマグ)」から既存のタンブラー製品を卸してもらい、株式会社土直漆器の地元漆職人が加工を担当した。

キャッチコピーは「コーヒーブレイクに日本の粋を」。製品名は「URUSHI TUMBLER(漆タンブラー)」である。天然の漆を使用した商品は、漆器の文化をもっと日常生活にも広げていきたいという思いから作られた。今回は職人がタンブラーに一つ一つ手塗りで漆を施して大切に作っている。

写真2 URUSHI TUMBLER(漆タンブラー)

だが当初は興味を示す企業や職人は少なかったようだ。大江氏は「実際、若手職人でも半信半疑で、当時の組合青年部長が責任感から商品開発に参加してくれました」と当時を振り返る。クラウドファンディングの「MAKUAKE(マクアケ)」で受注型の量産に向けた市場調査を実施し、正式販売後には定価5,000~1万5000円のURUSHI TUMBLERがシリーズ累計で数千個売れた。これには、町中にコーヒーチェーン店があふれ、安くておいしいコーヒーが気軽に飲める文化が根付いたという背景がある。購入者の多くは男性が30代、女性が40代で、タンブラーとしては高額ということもあり「見た目ウケ」する明るい色や柄が好まれている。この取り組みにより、敷居の高いイメージの伝統工芸に雑貨や日用品というカテゴリーが一つ増え、販路がさらに広がった。評判を聞き付けた旅館や企業から、ロゴ入りの記念品や贈答品を作ってほしいなどの引き合いもあるようだ。さらに「URUSHI UMBRELLA BOTTLE(アンブレラボトル)」(携帯型水筒)へと商品が広がり、漆を塗ることで既存商品に付加価値を付け、単価を上げることにも成功したといえよう。

ものづくり観光で稼げる地方創生

福井県丹南地区の半径10キロ以内には、越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前焼、越前箪笥(たんす)と五つの伝統工芸産地が近接している。その地理的特性を生かし、日本の「モノ」「コト」「場所」「人」の魅力を再発見する雑誌「Discover Japan」(エイ出版社)とタイアップして、「越前クラフツーリズム」を軸とした産業観光やインバウンドを推進させた。取材を通して、第三者目線で福井県の観光スポットと工芸産地や食文化を結び、消費者目線で地域全体の魅力をストーリー化した。

写真3 写真の漆器、打刃物、箪笥のほかに焼物、和紙を含めた五つの伝統工芸産地が越前エリアに集積

また5産地連携で、越前ものづくりの里・福井物産展「美食&伝統工芸めぐり」(JPタワーKITTE内・東京シティアイ)や浅草の「まるごとにっぽん*2」(東京都台東区)に出展するなど、工芸品の売り上げが集中する年末年始に販売動向を調査した。

そのほか、最近では料理動画などで、素材を切る瞬間から演出可能な平皿としても機能する、越前漆職人による手仕上げの総漆まな板「KABUKI(カブキ)」も仕掛けた。漆を染み込ませることで抗菌・防腐が期待でき、経年劣化しても「お直し」として再度漆を施すことで費用を抑えながら長く使い続けることができる。

さらに、環境に優しい新素材「LIMEX(ライメックス)」を素地に使用した漆塗りのiPhoneケースは鯖江のデザイン事務所TSUGIと吉田屋漆器が協力して商品化、これまでなじみの薄かった若年層や雑貨愛好者へのPRを狙った。

「人を呼ぶだけでは、物が売れるわけではありません。例えば人が来たら来たで、職人の街なので、直接消費者とどう接したら良いか分からないと言われます。思わず買いたくなる物やサービスを作る、持続可能な受け入れ体制を作る、そのためにはどうすればいいのかを産地としても考えなくてはなりません。鯖江市は幸いにも多くの視察者が来ますが、工房に来られると職人の手が止まってしまうため、売り物を作る時間が減ってしまいます。いわゆる『視察貧乏』になってしまう恐れがあるのです。また、観光業に従事している人だけ恩恵を受ける仕組みのままでは、いわゆる『観光公害』に見舞われるだけで、地域住民にお金は落ちません。そこで地域全体が潤うような対策を考える必要があるのです」と大江氏。

プロジェクトの先に広がるシェアリングエコノミー

伝統工芸による地域活性化の成功の要因は、デザインシンキングなどを導入し、既存の製造技術を生かした売れる商品開発をすることで、生産現場で新しい機材などの導入を不要としたことのようだ。ほかの「活性化グループ」と重複しないことも重要だという。そして「一番困っていることは何か」の問いかけに対し提示された課題に取り組み、マーケティングから販売・販路作りまでやってのけた。伝統工芸からスタートさせた取り組みは、今や地元産業の眼鏡や繊維にまで広がろうとしている。

さらに新規購入・設置でなく、既存の資源や時間を活用して地域にお金を落とす「シェアリングエコノミー」での地域活性化も見据えている。「ハコモノからアリモノへ」という考えの下、空間やモノ、移動、スキルなどをシェアした住民参画型の観光で、一部の事業者だけでなく地域住民にもお金を落とす仕組みを作ることが、プロジェクトの次のマイルストーンだ。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)

*1
鯖江市とその周辺エリアは国内産眼鏡枠のシェアが約95%に達する一大産地(経済産業省の工業統計調査より)

*2
浅草の商業施設。全国各地の地産セレクトグルメを扱う食物販店舗、地方に伝わる伝統を生かした新しいモノづくりに取り組む物販店舗、全国の市町村が集まるサービス店舗、浅草の景色を楽しみながら旬の味覚が楽しめる飲食店舗などが出店。