2018年3月号
研究者リレーエッセイ
JSTのERATOプロジェクトとカーボンナノチューブの発見
顔写真

飯島 澄男 Profile
(いいじま・すみお)

名城大学大学院 理工学研究科 電気電子・情報・材料工学専攻 終身教授


高分解能電子顕微鏡法の創成期

2017年のノーベル化学賞は、クライオ電子顕微鏡を開発し、生体分子構造を原子のレベルで解析することに成功したスイスのデュボシェ、米国のフランク、英国のヘンダーソンの3博士に授与されました。ヘンダーソン博士が、1982年のノーベル化学賞の受賞者クルーグ博士、さらにはDNAの発見者ワトソン、クリックにつながるケンブリッジ大学分子生物学研究室の出身であることは、深い学問の伝統を感ぜられ感慨深いところがあります。

上記3人の研究者が活躍を始めた70年代当初、筆者は東北大学で博士課程を修了し、ポスドクとして米国に移り、高分解能電子顕微鏡(HRTEM)による無機材料研究を開始しました。当時の米国電子顕微鏡学会はHRTEM、分子生物学、走査型透過電子顕微鏡(STEM)の分野が急速に発展し、ゴールは生体や無機材料の構造を原子レベルで捉えることでした。筆者の関わった無機材料結晶構造の原子レベルの解明は70年代末までにほぼ達成されましたが、バイオ関連では、生体構造の電子線照射損傷低減のため、試料をヘリウム温度に冷却するクライオ電顕技術が注目されていました。この課題の解決にはさらに40年を要し、ようやく2017年のノーベル賞に到達しました。上記3人の受賞者は、デュボシェ博士が低温電子顕微鏡(クライオ電顕)、フランク博士は電顕画像の統計処理アルゴリズムの開発、そしてヘンダーソン博士がバイオ分子構造の専門家として、それぞれが分担しています。クライオ電子顕微鏡を用いるバイオ分子構造研究はわが国でも行われてきましたが、70年代に始まる先駆的研究を見てきた筆者には、今回の受賞者は全く納得です。

カーボンナノチューブの発見

2014年に発行されたNature誌に“The Top 100 Papers – Nature explores the most-cited research of all time ”という記事が掲載されました。上位を占める論文は試料作製方法やソフトウエアに関わるものが多いが、中には真の発見を報告している論文、例えばカーボンナノチューブ(CNT)の発見(順位は36番目、citation数は22,899)などがある、と強調しています。ところで、その数は2018年1月現在45,460で、ほぼ倍増しています。ということは、CNT発見の報告は1991年なので、27年後の現在でもまだ多くの研究者がこの論文を参照し研究が進行していることを意味しています。

ところで、「どのようにしてCNTを発見したのですか?」とよく質問されるので以下に簡単に記します。ナノメートル(nm)サイズのCNTを調べるためには電子顕微鏡が必須です。従って電子顕微鏡の従事者以外にはCNTを発見する機会は皆無だったといえます。筆者は、CNTの発見以前にすでに20年の電子顕微鏡による研究歴があり、発見の条件を満たしていたということになります。この間に行ったほとんどの研究は、CNTと無縁ではなかったように思います。例えば大学院生のときには、太さが100nmほどのフィラメント状の銀結晶「ウイスカー」を発見しました。針状成長の成因は双晶の発生によることを電子顕微鏡観察から突き止めていました。20年後にCNTに遭遇したとき、この銀ウイスカーが直ちによみがえり、その結晶構造を短時間で解明することができました(図1)。

図1 カーボンナノチューブの幾何学構造図

高分解能電子顕微鏡による炭素材料研究

冒頭で述べた無機材料結晶構造を原子レベルの分解能で調べる高分解能電子顕微鏡(HRTEM)法は、1970年代に筆者らにより開発され、X線回折法では得られない結晶欠陥など局所構造を詳しく調べることが可能になり、シリコンなど半導体電子デバイス開発に欠かせない基盤技術として現在に至っています。

筆者のCNTの発見は広く知られていますが、HRTEM法の先駆的仕事についてはあまり知られていないのが、小さな不満となっています。HRTEM法の応用として酸化物結晶、鉱物、半導体材料などいろいろな材料を調べてきましたが、そこには炭素材料も含まれていました。固体の炭素材料はダイヤモンド、グラファイト、非晶質炭素、ガラス状グラファイトなどいろいろな構造が知られていますが、ガラス状グラファイトはグラファイト結晶小片の連続体であるため、どの方向から見ても必ずグラファイト結晶の底面に垂直な部分が存在します(図2)。

図2 ガラス状グラファイトの底面に垂直な部分が存在

底面の格子面間隔は0.33nmであり、当時の電子顕微鏡の分解能をチェックする標準テスト試料として、HRTEM法の従事者には広く知られていました。ガラス状グラファイトは、後年遭遇する多層CNTと極めて類似のHRTEM像を与えるため、CNTの発見に直接的な知見を与えるものでした。

サッカーボール状分子構造をもつフラーレンC60分子の発見は85年にクロトー、スモーリー、カールにより報告されました。発表当初、彼らの論文はすんなりとは受け入れられませんでした。提唱された分子モデルは質量分析測定で得られた炭素原子60個からなるクラスターの存在を提示するのみで、分子構造を直接証明する実験データが欠落していたのがその理由でした。ここで、筆者が80年に発表した“玉ねぎ状”グラファイトHRTEM像が登場します(図3)。写真の同心円状構造の中心に“円”形が見られますが、これがフラーレンC60分子に極似しているということで、クロトーらはこのHRTEM像をフラーレン分子構造の唯一の証拠としてしばしば掲げました。その後、90年にフラーレンの大量合成法が見つかり、C60からなる結晶のX線構造解析によりそれまで仮定であったC60の分子構造が直接証明されることになりました。こうした一連の動きの中で、筆者はクロトーらと親しくなり、90年にボストンで開かれた米国材料学会でクロトー博士に会い、フラーレンの研究を勧められました。そして、数カ月後にフラーレンではなくCNTを発見するということになります。

図3 “玉ねぎ状”グラファイトHRTEM像

ERATO*1「超微粒子プロジェクト」

1982年、筆者は12年間の米国での研究生活に終止符を打ち、81年から始まった「新技術開発事業団」(現在の国立研究開発法人科学技術振興機構:JST)の第一号ERATO「林超微粒子プロジェクト」に参画します。研究場所は名古屋市の名城大学物理教室の一角を間借りしました。筆者は、上田良二先生をチームリーダーとする超微粒子の物性研究を担当し、新しい特殊な電子顕微鏡の開発、それを駆使した超微粒子の生成や物性を調べました。ここでは、粒径が2nm程度の「金の超微粒子」の特異な現象として「結晶構造の不安定性」を発見し、「仁科記念賞」を頂きました。この粒子の大きさは単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の太さに匹敵し、ここで体験するナノメートルサイズの結晶構造を調べる手法の習得がCNTの発見の条件になっています。

JST-ERATOプロジェクトで経験した5年間の超微粒子研究がCNT発見に大いに関連していることは興味深いことです。このプロジェクトの目的の一つは、アーク放電法による「鉄」超微粒子の大量生産で、これを「磁気テープ」に応用しようというものでした。80年代は酸化物磁性体から金属磁性体への転換期で産業界も超微粒子(現在はナノ結晶と呼ばれている)に注目していました。われわれのもう一つの目的は「難焼結材料」として知られる炭化ケイ素や窒化ケイ素の超微粒子を作成し、セラミックスの焼結実験を計画していました。

カーボンナノチューブに偶然遭遇する

このプロジェクトで開発したアーク放電法が、1990年に発表されたフラーレンの大量合成と同じであることが明らかになると、日本の超微粒子生成に携わった研究者は直ちにその追試を開始します。その一人に名城大学物理教室の安藤義則教授がおられ、炭素棒を放電電極にして「すす」を大量に生成し、このすすからフラーレンを抽出していました。この使用済みの炭素棒電極の先端部に多層のカーボンナノチューブが成長していることを見つけた、というのがCNTの発見現場ということになります。87年、JST-ERATOプロジェクトの終了後、筆者はつくば市のNECの基礎研究所(現:筑波研究所)に移ります。家族は名古屋に残していたので週末は名古屋に戻り、同時に名城大学で非常勤講師として安藤先生と物理実験を担当していました。たまたま安藤先生の実験室に山積みされていた「炭素棒」を頂き、つくばに戻ってその先端部を電子顕微鏡で調べたところ、CNTが偶然に見つかったというわけです。

JSTとの不思議なつながりはまだあります。最初のCNTの論文がNature誌に掲載されると、第一原理計算によるCNTの物性予測が報告されました。CNTはナノメートル・サイズの構造体、円筒型、キラル構造、グラファイト構造など、通常のナノ構造体と比べ格段に単純な構造であることなどの理由から、電子エネルギー・バンド構造の細部にわたる計算が可能になりました。ただし当初のCNTは二層以上の多層構造体であったり、太過ぎたりで計算結果と直接比較することはできず、計算結果と直接対比できる細い単層のチューブの実現に強い要望がありました。当時はまだCNT生成法は確立されておらず暗中模索の日々が2年間続きました。問題解決のきっかけは、前述のJSTの微粒子プロジェクトにありました。当時金属磁性紛生成として鉄微粒子生成をしていましたが、生成物が直ちに空気に触れると一瞬のうちに燃えて(酸化する)しまいます。これを防ぐため微粒子の表面に炭素膜でコーティングする方法(メタンガス中で鉄超微粒子を適当な温度に保持する)を検討していました。6年後のある日、当時の鉄微粒子のTEM像ファイルをめくっていると、微粒子の周辺に細かいフィラメントが多数存在していることに気が付きました(図4)。実はこれが単層CNTの発見でした。今にしてみれば、鉄触媒を用いるCVD法*2は単層CNTの最も知られた生成法ですが、当時は全く違う目的で同じような実験をしていたということになります。この発見も全くの偶然の出来事でした。JSTプロジェクトでの経験がなければ単層CNT生成法の発見は数年遅れていたかもしれません。

図4 鉄微粒子のTEM像ファイル。微粒子の周辺に細かいフィラメントが存在。

科学史をみると、偉大な発見の多くは偶然に見つかったというエピソードが記されています。これはセレンディピティー的発見と呼ばれています。カーボンナノチューブもその一つであることは明らかです。重要なことは、その偶然に至る背景に研究の現場があるということです。

*1
戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究。ERATOはExploratory Research for Advanced Technology。

*2
化学蒸着(CVD : Chemical Vapor Deposition)は、さまざまな物質の薄膜を形成する蒸着法のひとつで、石英などで出来た反応管内で加熱した基板物質上に、目的とする薄膜の成分を含む原料ガスを供給し、基板表面あるいは気相での化学反応により膜を堆積する方法である。常圧(大気圧)や加圧した状態での運転が可能な他、化学反応を活性化させる目的で、反応管内を減圧しプラズマなどを発生させる場合もある。切削工具の表面処理や半導体素子の製造工程において一般的に使用される。