2018年4月号
特集 - 指定難病に立ち向かう
命の期限を区切られても諦めない 
患者家族の執念が創薬を促す

患者家族が中心となって希少・難治性疾患の創薬を主導するプロジェクトがある。一般社団法人こいのぼりの「7SEAS PROJECT」だ。ミトコンドリア病にかかった義理の甥(おい)子さんと、生後半年で同病と診断され「余命半年」と宣告された娘さん、その患者家族の挑戦が社会的創薬へと向かっている。

こいのぼり設立の背景

「この病気は、治すための治療方法がありません。長くもって半年ほどです」と宣告されたとき、患者やその家族はどう考えるだろうか。通常はその病気のことを知るために情報を集め、「治らない」「死ぬのか」「なぜ自分が」と考える。そして、治療方法や薬ができるまで待つしかないと考えるものだ。

しかし、一般社団法人こいのぼり(愛知県豊田市、以下「こいのぼり」)の代表理事菅沼正司氏(医療法人菅沼医院理事長・院長)と、同理事で7SEAS PROJECT代表の篠原智昭氏は違った。治らないなら自分で研究を促進させ、治る薬を開発しようと自ら行動に出た。

こいのぼりは、2009年に希少難病に対する薬剤開発支援活動を目的に菅沼氏とレミジェス・ベンチャーズ株式会社の稲葉太郎氏らが設立。活動を始めた時期が5月ということもあり、たくましく大空を泳ぐ「こいのぼり」の姿と、病に負けずに生き抜く患者・家族の姿を重ねこの名称とした。

図1 こいのぼりチーム ユニークなプロボノプロジェクト

菅沼氏の義理の甥がMELAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群)を発症した。当時ちょうど希少・難治性疾患の薬剤開発を非営利で支援したいという思いで「こいのぼり」を立ち上げたところであった菅沼氏は、ミトコンドリア病の知識がほとんどない状態で行動を起こした。13年にはこいのぼりを一般社団法人化し、製薬企業が開発を進める化合物情報のマッチングをしたり、研究支援をする活動を本格化させた。

ミトコンドリア(mitochondria)は細胞の中にある小器官で、独自のDNA(ミトコンドリアDNA、以下mtDNA)を持ち、分裂と増殖を繰り返す。解明されている最も重要な働きは、ご飯(炭水化物:糖質)、魚・肉(タンパク質、脂肪)などから分解された栄養素を基に、ATPという体の維持や活動をする上で大切なエネルギー物質を作り出すことで、体内エネルギーの90%以上を産生しているという。

ミトコンドリア病は、ミトコンドリアDNAあるいは核DNAの異常によるミトコンドリアの働きの低下が原因で発症する。これらの細胞は、十分なエネルギーがないと調子が悪くなり、さらにミトコンドリアの機能が著しく低下すると細胞死につながる。エネルギーを多く使う臓器ほど障害の程度は深刻で、最も影響を受けやすいのは、脳や筋肉(脳筋症)といわれている。また、目、耳、心臓、肝臓、消化管、腎臓、内分泌(すい臓や甲状腺)、血液などの臓器にも障害がおきやすく、従ってミトコンドリア病の種類は多くある。

代表的なものは四つ。レーバー(レーベル)遺伝性視神経萎縮症(LHON)、メラス:ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)、マーフ:赤色ぼろ線維を伴うミオクローヌスてんかん(MERRF)、Leigh(リー)症候群、リー脳症、リー病である。遺伝子は核とミトコンドリアの両方にあるが、同じ変異場所でも症状が異なる場合がある。先天的な遺伝子異常のみならず、加齢によってミトコンドリアの機能が低下していくために発症するミトコンドリア関連疾患もある。

新しい治療法や診断法などを開発する研究では、患者が参加し、その効果や安全性を調査する試験を臨床試験という。中でも厚生労働省の承認を得るための条件を満たす試験で、承認前の薬の有効性や安全性を調査したり、すでに承認済みの薬について、新たな適応症や用法・用量の有効性と安全性を調べる試験を治験という。ここで確認されてようやく薬として使用可能となるわけだが、治験にはいくつかの段階が必要だ。

その第一段階が第I相試験といい、治験薬の人に対する副作用の種類と程度を調査し適切な投与量を検討するための試験で、一定の副作用が認められるまで、数人の被験者ごとに薬の量を段階的に増やしていく 。第I相試験で安全な投与量を得ると第II相試験へ進み、薬の投与量による効果と副作用を検討する。第III相試験は、より多くの患者を対象に、現在の標準的な治療薬と治験薬の効果と安全性を比較しその優劣を検討する。

ミトコンドリア病患者は2万人いるといわれているものの、指定難病受給者証を持つ患者は1,500人ほど。この少ない患者数であっても、日本では関係者の努力によって第III相試験まで終える開発化合物が出てきた。

出会い

当時、米国のベンチャーのEdison Pharmaceuticals社(以下「エジソン社」、現BioElectron Technology Corporation)が、米国と欧州でリー脳症、フリードライヒ運動失調症などを適用とする臨床開発を進めていたEPI-743にこいのぼりが着目。これは有望だと考え、臨床研究活動を支援した。その活動が奏功し、EPI-743は注目され、EPI-743は大日本住友製薬株式会社とのライセンス契約締結に至る。

その頃、菅沼氏は篠原氏と出会う。篠原氏の娘の七海ちゃんは生後半年でミトコンドリア病の一つ「リー脳症」を発病、余命半年と宣告された。そう言われても、家族としては娘の命を諦めるわけにはいかない。篠原氏は七海ちゃんを助けたい一心でさまざまな情報収集に奔走した。そして、こいのぼりの菅沼氏が支援するエジソン社の情報にたどり着いた。ミトコンドリア病に立ち向かう者同士の出会いだ。

写真1 菅沼正司氏 今は内科医として菅沼医院を切り盛りする

7SEAS PROJECT

こいのぼりがミトコンドリア病にフォーカスした活動7SEAS PROJECTは、七海ちゃんの名前からとった「七つの海」を意味する。ミトコンドリア病に関連する疾患の治療法を開発するプロジェクトで、篠原氏が代表を務める。医療の専門家でもない患者やその家族は、病気を宣告されたとき、ただ待つことしかできないものだ。しかし篠原氏は、菅沼氏らと合流することで自ら研究開発の懸け橋となることを選んだ。

患者数の少ない希少難病は、事業ベースになりにくく研究活動や創薬も進みにくい。そのため治験を含め情報を得るには困難を極める。ただでさえ患者会も組織しにくい中、東京と大阪、福岡で延べ70人ほどの患者から意見を聞いたり、病態の聞き取りを行った。また篠原氏はさまざまな学会にも参加し、詳細なレポーティングもする。興味深い論文を読み、著者に会いに行って話を聞き、協力を依頼する。文系の篠原氏が医療の専門用語を理解するために相当の努力が必要なのは想像に難くない。2017年に、篠原氏はプロジェクトに専念するため、勤めていた神奈川県内の公立小学校を辞めた。

6大学と共同研究

こいのぼりの活動開始から10年、今では京都府立医科大学、自治医科大学、北海道大学大学院農学研究院と同薬学研究院、東京工業大学情報理工学院(遺伝子データ処理)、東京農工大学との共同研究を実施。研究者を探しながら、そのネットワークを広げつつある。

その結果、大学の研究者から共感や賛同を得ることができ、共同研究へとこぎ着けている。また公益財団法人信頼資本財団の支援プロジェクトに採択され、多くの寄付も集まった。

「まだ公表できる段階でありませんが、科学的発見があった新技術は、ミトコンドリア病だけでなく多くの疾病の根本治療につながる可能性を秘めています」と菅沼氏。

スキームづくりに10年 ようやくスタートラインに

患者家族でもある菅沼氏は「医師としての診療料は、税金として国を経由していただいたもの。この活動を介して社会に還元したい」と、これまでの10年で自己資金6,000万円以上を寄付。そのほか、メンバーや患者家族や賛同者、篤志家の方々からおよそ1,000万円の寄付を受け、運営してこられた。

非営利のプロジェクトだが、これからは治療薬を商業ベースに育て上げ、新薬シーズを知的財産にすることでさらに資金を集め、その資金を開発資金に充て、最終的には製薬企業に製造販売をしてもらうことが目的だ。しかし株式会社にするつもりはないという。これは企業成長や企業価値だけでは割り切れない活動だからだ。株式にすれば方向性を変えざるを得なくなる場面も出るだろう。そして「治るまで続けるためには今の体制、現メンバーでがんばります」と言い切る。

それぞれの役割で興味深いのは、戦略の策定や交渉など、およそ医師らしからぬ技量に長けた菅沼氏だ。外科医から新規抗がん剤の研究開発のための株式会社キャンバスを創業し、09年にはマザーズ市場に株式を新規公開させ、その翌年には実家を継ぐために、同社の経営権をあっさりと譲り医師に戻った。希少疾患に向き合い、もう一度患者と関わる仕事をしたいと考えたという。

「これらのスキームを作ることが大変でした。10年を経てようやくスタートラインに立てました。大変なのはこれからで、前に進むのみです。生まれてきて良かったと思ってもらえるよう、何度でもチャレンジします」と菅沼氏は気を引き締める。また、創薬分野ではベンチャー投資経験が豊富な稲葉太郎氏のサポートも心強い。稲葉氏は、前職の三井物産や同社ベンチャーキャピタル子会社Mitsui & Co. Global Investment, Inc.などで投資案件の発掘・交渉・精査などを手掛け、投資先の社外取締役としてハンズオン支援を行うなど優れた実績を上げ、世界に投資するベンチャーキャピタリストだ。

一方、篠原氏はこの活動を社会に対しアプローチする役割を担う。これまでの治療は七海ちゃんの状態を安定させることができた。気管を切開しているので声は出せないが、父母とはコミュニケーションはとれる。歩くことができないので、篠原氏と妻の美輝恵さんが交代で自宅療養や障害者施設通いをサポートしてきた。

余命半年と言われた七海ちゃんも6歳になる。篠原氏は「この4月からは小学校1年生です」と笑みを見せ、「私自身のためということもありますが、応援してくれる患者さん、全ての人のためにもこのプロジェクトを成功させたい」と身を引き締めた。

写真2  七海ちゃんと篠原さんご夫妻

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)