2018年4月号
単発記事
東信州次世代産業振興協議会の挑戦
─「垣根」を越えて─
顔写真

岡田 基幸 Profile
(おかだ・もとゆき)

一般財団法人浅間リサーチエクステンションセンター センター長・専務理事


2000年に一般財団法人浅間リサーチエクステンションセンター(以下「AREC」)が活動を開始してからさまざまな成果を上げてきたが、時代はさらなる挑戦を求めてきた。行政区域や産業分野を超えた広域的な支援体制である。東信州9市町村は、ARECの実績をもとに「東信州次世代産業振興協議会」という新たな枠組みを作り、走り出している。

行政区域を超えた広域化で

今まで、行政の広域化は、裁量行為の働きにくいゴミ処理や消防といった業務に偏っているのが現状だ。とりわけ産業政策については、広域的な取り組みはわずかな例外を除いてほとんど進んでいない。例えば観光では、ユーザーである旅行客、クライアントである交通機関や旅行代理店が、市町村という行政区域に縛られず、観光ルートや広域エリアとしての観光を求めていることから、市町村としてはやむなく広域観光に取り組んでいる、というのが実情に近いのではないか。一方、産業政策の対象となる企業からすれば、その経済活動が市町村という行政区域に限定されることなど、現代社会においてほとんどありえない。販売先であれ、仕入先であれ、請負先であれ、雇用先であれ、一定の経済圏域という枠組みはあるにせよ、広域化していることは言うまでもない。ましてや、インターネット時代の昨今、従来の経済圏域を越えてビジネスを展開する企業は枚挙にいとまがない。また、市町村の限られた領域の中で、企業の成長に見合った地域資源がそろうことはあり得ず、それを支援する側においても、行政区域を越えて企業ニーズに見合うシーズや提携先を探すことが避けられない。従って、こうした企業活動を支援して活性化し、地域経済の底上げを図ろうとする産業政策は、企業活動と併せて広域化することによって、初めて具体的な成果に結び付くといえる。しかし、その道は平坦ではない。産業政策は地元の政治や経済と密接に結び付いているからだ。どの首長であれ、選挙公約には「このマチに企業を誘致して、若者の雇用を確保します」と掲げるように、地元に新しい産業を起こして雇用を確保する、これが産業政策の王道であり、首長の腕の見せ所という側面を持っているのだ。

図1 東信州の9市町村


写真1 AREC 15周年記念講演会を開催し、参加者は全国から250人を超えた。(2017年3月3日 上田東急REIホテルにて)

「小異を捨てて大同に就く」

東信州における広域的な次世代産業創出という挑戦のきっかけは、隣接する首都圏をはじめ、巨大経済圏との関わりがこれまで以上に拡大・深化したことであり、同時により強烈な競争にさらされたからといえる。旧態依然とした企業活動では時代の波にのまれてしまうという危機感が東信州の経済界全体に広がり、それが市町村を突き動かしたのである。幸いなことに、東信州は40万人を超える圏域人口、13万人に近い就業人口、1兆3000億円もの製造品出荷額を有している*1。また、全産業の売上高と付加価値額からは、製造業が産業全体の5割近くを占めるという特徴的な産業構造が見て取れる。さらに、上田市には電気機器や自動車部品、佐久市にはスポーツ用品や予防医療、小諸市には成型機や古城観光、千曲市には半導体製造装置やアパレル、東御市には産業機器やワイン、坂城町には建設機械や製薬、立科町には複合農業、長和町にはキノコ、青木村には高原農業と、規模の大小こそあれ、それぞれの市町村には得難い産業シーズが育まれている。特徴的な製造業を核として、こうした多様な産業シーズを組み合わせることにより、次世代産業の創出へ向けた可能性を見いだすことができるという期待感も追い風になった。そして何よりも、首長の皆さんが個別の利害得失やこれまでのしがらみから離れ、「小異を捨てて大同に就く」という政治判断をされたことが決定的なポイントだったといえる。過去を乗り越えて未来を考える、まさに首長の皆さんの見識には大なるものがあったと、心から敬意を表したい。

1兆5000億円台へ

東信州次世代産業振興協議会では、AREC内に「東信州次世代イノベーションセンター」を設置し、構成市町村や商工団体の協力を得ながらフル回転で動き始めている。あらゆる産業振興のベースはフィールドワーク、という信念の下、徹底して地域課題の発掘に力を注いでいる。具体的には、東信州の約300社を対象として企業訪問を実施(地域経済分析システムRESASにより工業製品取引件数上位社を選別)、個々の企業から「自社の強み」と「困り事」を吸い上げる、これまでにない大規模な現場リサーチだ。そして、そういった生の情報を基に次世代産業の重点分野を絞り込み、来春には東信州の戦略プランを策定する予定だ。すでに、ここ数カ月のフィールドワークの中から、①東信州特産の果物や野菜の鮮度や糖度を非接触型ウエアラブル端末で測定、②酵母菌食品を高鮮度で長期冷凍・冷蔵、③産業現場で多発している腰痛を軽減するための支援ウエアの開発、④多くの人手を要する調剤作業をミスなく安全に自動化、⑤東信州に根付いている予防医療とタイアップして医療情報の共有システムを構築、といったプロジェクトが始まっている。いずれも一企業、一業界だけで解決できる課題ではなく、農業、流通、医療など多様な関係者をチーム化する作業が欠かせないため、協議会が間に入って利害調整を図ることで現実化へ近づけるものと考えている。わずか半年余りの活動の中からこれだけ具体的なプロジェクトを発掘できたことは、従前のARECの枠組みでは到底無理なことで、活動の広がりが多様なニーズやシーズとの出会いを生んだものであり、まさに広域化の効果だと改めて認識している。

東信州次世代産業振興協議会の進むべき道筋は来春の戦略プランで明らかにする予定であるが、少なくとも東信州の製造品出荷額1兆3000億円を、できるだけ早い時期に浜松市や静岡市、岡崎市と肩を並べる1兆5000億円台へ増加させたいと考えている。目に見える成果を早く出すことが、協議会への信頼や協議会の地域における求心力をさらに強めてくれると信じているからだ。フィールドワークから浮かび上がった「人材確保と育成」、「産業間連携」などの地域課題にも積極的に取り組んでいきたいと考えている。産業創出から始まった東信州の広域化が、産業創出にとどまらず、教育や文化、福祉や医療など、広域化を進めることでより大きな成果が見込まれる分野にまで広がっていけば、21世紀の東信州は随分と明るいものになるものと確信している。

*1
地域経済分析システム(RESAS:リーサス)より
https://resas.go.jp/#/13/13101