2018年4月号
研究者リレーエッセイ
高分子薬剤の切り拓くNew Dimension
─副作用のない固型癌に普遍的な制癌剤は可能だ─(1)
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前田 浩 Profile
(まえだ・ひろし)

一般財団法人バイオダイナミックス研究所 所長/熊本大学名誉教授/大阪大学招聘教授/東北大学特任教授

癌化学療法の歴史は70年近いが、その信頼度は低く、世界保健機関(WHO)、米国NCIとも約90%の制癌剤は失敗という。EUで2009~13年に承認された44種の制癌剤でも生活の質(QOL)の改善は平均約10%、平均延命率は2.7カ月で喜べない。国立研究開発法人国立がん研究センターでも高齢者の肺癌患者に対し化学療法を受けた群と無治療群を比較し後者の方が延命率は高かったという。約100年前のノーベル賞で、画期的発見と考えられた光照射療法(PDT)も、また、40~50年前から期待されている硼(ほう)素を用いる熱中性子捕獲療法も癌治療の担い手にはなっていない。これらの失敗の原因は用いている薬物は、いずれも低分子で腫瘍部選択性がないためである。

高分子薬の腫瘍選択性の基本原理のEPR効果(enhanced permeability and retention effect)の発見後、32年が経って、ようやくそれが癌局所における選択的腫瘍デリバリーの基本原理として理解されているが、その一方では、理解不十分のため、あるいは用いる薬剤自体にまつわる問題(安定性など)、あるいは腫瘍の多面性、不均一性(heterogeneity)の問題などのために、多くの研究者がEPR効果の実験結果と臨床結果との間のギャップに戸惑っている。本総説では、これらの問題に加え、腫瘍の血流不全の改善によりEPRを増強し、治療効果と副作用を改善する方策も論じたい。

はじめに

日本人の2人に1人は癌になる。その傾向は上昇が続いている。老人人口の割合が増えれば、癌患者の割合は増えるのであるが、それに伴う重要な問題は二つある。一つは多くの制癌剤はあまり効果がなく、毒性が耐え難いほどきついこと、二つ目は、最新のものでは1人1年間の薬剤の使用価格が2,000万円以上もするものもある。肺癌だけでも国費負担は1兆円以上かかるといわれており、そのような高額医療については、患者の負担はおおむね免除され、残りは国家の医療費、健康保険組合、地方自治体などで支払われるので、健保組合も国家財政も破綻につながりかねないといえる。しかも、そのような薬でも70~80%は全く効かないか、効いた場合でも思わぬ副作用が待っている。困ったことである。図1に対数的に増加する制癌剤の患者1人当たりの年間の価格を示す。ここ30~40年で、1,000~10,000倍にもなっている**1

WHOと米国のNCI(国立がん研究所)によると、これまでの癌化学療法剤は90%±5%は失敗であるという**2。また、近著の英国のBr. Med. J. (2017年11月)によると2009年から13年に承認された新しい44種の制癌剤についていえば、68種の癌腫が適用承認されているが、最も大切なQOLの改善は約10%で、延命のあった人における延命は平均2.7ヵ月と報じられている**3。同様に、国立がんセンターの高齢者の肺癌に対する治療効果において、標準治療ありのグループと治療なしのグループの比較において、後者の方が総延命率は上であったという**4

さらに筆者は、癌化学療法の研究に50年以上携わっているが、その間数多くの大発見、例えば癌ウイルス、逆転写酵素、癌遺伝子、癌抑制遺伝子、ミサイル療法、癌ワクチン、テロメラーゼ、分子標的薬、プレシジョンメディシンなどがファンファーレをもって報じられた。40年前には、これらに対し分子生物学の手法や分子遺伝学の手法をもってコントロールすれば、癌の問題は解決できると、高名なMITのWeinberg R. A. 教授でさえそう考えていたのである**567

しかし、実際の癌の科学は複雑系の学問であり、大局的には1:1の対応関係、あるいは直線的な関係でなく、F.A. von Hayek(1974年ノーベル経済学賞)のいう経済学や地震学と同じく規則性のない複雑系(unorganized complexity)の学問であり、予測不能で、推定不能の世界であることを理解すべきであった**67

図1 制癌剤の価格の推移

10~20年ごとにほぼ10倍になっている。社会はどこまでこの負担に耐えられるか**1


制癌剤はなぜ副作用が強いか、なぜ効かないか

もともと制癌剤の出発点は、毒ガス(ナイトロジェンマスタード)の副作用(毒性)の研究であった。それを白血病薬として開発していったので、それを使うドクターも、毒性があることを百も承知で当然のこととして癌の化学療法は始まっている**67。また、がん研究センターの杉村隆先生と西村暹先生が各種制癌剤のIn vitroにおける複数の制癌剤について、それらが癌細胞を50%殺す薬剤濃度(IC50、50%殺傷濃度)に基づき、動物(マウス)のLD50(50%致死量)を計算して比べたところ、これらの制癌剤は、そもそもLD50の数倍から10倍以上も(つまり致死量の数倍)を投与しない限り、個体の癌は殺せないということである**8

また、制癌剤の承認のクライテリアは延命率の延長が中心であり、表1のようにほんのわずか2~3カ月の延長が大半であり、また、腫瘍の縮小の評価も50%以上縮小を有効とし、その持続期間はほんの短期間の場合が多い。さらに、腫瘍マーカー(表1)の低下も評価の中心ではあるが、患者にとって極めて大切なQOLの改善(表1)の評価などは中心的な課題になっていない。放射線の照射などもそうであるが、リンパ腫のX線照射によって、その腫瘍の縮小は1~2カ月で明らかにみられるが、2~3カ月後には再びもとの大きさ以上になる。このような場合は、判断はどうするかである。

表 1 癌化学療法剤の最近の状況**3

さて、基本的には、癌細胞はもともと患者自身の細胞から生じたものであるから、細胞の生化学的、生理学的代謝や機能などは宿主と同一であり、それを止めると宿生細胞も同様に障害を受ける。それ故、分裂の速い腫瘍細胞と同様に、健常人の骨髄細胞、腸管上皮細胞、毛髪なども無差別的にその標的となり、典型的な副作用となる。

もう一歩踏み込んだところでは、癌の化学療法だけでなく、光照射療法(光線力学療法、photodynamic therapy、PDT)や硼素を用いる熱中性子捕獲療法(BNCT、boron neutron capture therapy)も表2にあるように、PDTは100年以上前に発見された原理でノーベル賞に浴したすばらしい研究であるにもかかわらず、臨床の現場では、ほとんど利用されていない。

表2 癌治療の失敗例と理由= EPR概念の欠如**6

これら三つの治療法に共通した根源的な欠陥は、いずれも低分子化合物の薬物で検討されていることである。すなわち、一般に低分子化合物は静脈内に投与すると全身の毛細血管から全身の組織に浸透し(自由拡散で)、もともと毒性のあるほとんどの制癌剤は正常な組織に対してもくまなく浸透し、毒漬け状態となり、副作用となる。一方、医者も患者も、希望的に制癌剤は癌組織に対してはより強く作用するものと考える**89101113が、実はそうではない。

悪いことに、癌細胞も健常細胞も同等に毒漬けになるかというと、しばしば毒物(制癌剤)の到達(デリバリー)は癌の方が少ないのである。すなわち、癌組織に栄養を供給している腫瘍の栄養血管(動脈)は、しばしば、心筋梗塞と同様に、血栓とかフィブリン凝固系の亢進(こうしん)により、血流がほとんどないか、乏しくなっており、薬物である制癌剤は健常組織よりも少なめにしか届かないのである。この問題に対してわれわれは、心筋梗塞と同じ理屈で、ニトログリセリンなどの血管拡張剤を用いれば、解決できることを発見し**1213、その展開を現在行っている**91011121314。これはすなわち、後述するEPR効果の増強法である。EPR効果の増強剤はニトログリセリンやACE阻害剤(エナラプリルなど)は安全な薬物で、容易に制癌剤の腫瘍デリバリーを2~3倍も上げることができる**1213141516

(次号に続く)

●参考文献

**1
Monthly and Median Costs of Cancer Drugs at the Time of FDA Approval 1965-2016. Journal of the National Cancer Institute. 2017, vol. 109, Issue 8, p. 7.

**2
Maeda, Hiroshi; Khatami, Mahin. Analyses of repeated failures in current cancer therapy for solid tumors: poor tumor-selective drug delivery, low therapeutic efficacy and concern on unsustainable cost. Clinical and Translational Medicine. 2018, in press.

**3
Davis, Courtney; Naci, Huseyin; Gurpinar, Evrim; Poplavska, Elita; Pinto, Ashlyn; Aggarwal, Ajay. Availability of evidence of benefits on overall survival and quality of life of cancer drugs approved by European Medicines Agency: retrospective cohort study of drug approvals 2009-13. British Medical Journal. 2017, vol. 359, j 4530.

**4
国立がん研究センター プレスリリース. 産経新聞. 2017-04-27.

**5
Weinberg, Robert Allan. Coming Full Circle—From Endless Complexity to Simplicity and Back Again. Cell. 2014, vol. 157, p. 267-271.

**6
前田浩. 高分子型癌治療剤におけるEPR効果の発見への道のり―抗生物質の研究53年から革新的高分子型制癌剤へ―. 化学療法の領域. 2018, vol. 34, p. 464-487.

**7
前田浩. 癌研究における分子生物学パラダイムの苦悩40年にわたる苦戦の経験から原点回帰へ. 化学と生物. 2017, vol. 55, no. 7, p. 501-509.

**8
杉村隆. 癌治療の王道 癌化学療法の変貌. 癌と化学療法. 2002, vol. 29, no. 7, p. 1263-1278.

**9
Maeda, Hiroshi. The link between infection and cancer: Tumor vasculature, free radicals, and drug delivery to tumors via the EPR effect. Cancer Science. 2013, vol. 104, p.779-789.

**10
Maeda, Hiroshi. Vascular permeability in cancer and infection as related to macromolecular drug delivery, with emphasis on the EPR effect for tumor-selective drug targeting. Proceedings of the Japan Academy, Series B, Physical and Biological Sciences. 2012, vol.88, p.53-71.

**11
前田浩, 方軍, 中村秀明. EPR効果を持つナノプローブによる革新的PDTへの大いなる期待. 日本分子イメージング学会機関誌. 2015, vol. 9, p. 3-10.

**12
Seki, Takahiro; Fang, Jun; Maeda, Hiroshi. Enhanced delivery of macromolecular antitumor drugs to tumors by nitroglycerin application. Cancer Science. 2009, vol. 100, issue 12, p. 2426–2430.

**13
Maeda, Hiroshi. Macromolecular therapeutics in cancer treatment: the EPR effect and beyond. Journal of Controlled Release. 2012, vol. 164, issue 2, p. 138-144.

**14
Maeda, Hiroshi; Kenji, Tsukigawa; Jun, Fang. A Retrospective 30 Years After Discovery of the Enhanced Permeability and Retention Effect of Solid Tumors: Next-Generation Chemotherapeutics and Photodynamic Therapy--Problems, Solutions, and Prospects. 2016, vol. 23, p. 173-182.

**15
前田浩. EPR効果の発見とその展開. Drug Delivery System. 2018, vol. 33, no. 2, 印刷中

**16
Maeda, Hiroshi; Nakamura, Hideaki; Fang, Jun. The EPR effect for macromolecular drug delivery to solid tumors: Improvement of tumor uptake, lowering of systemic toxicity, and distinct tumor imaging in vivo. Advanced Drug Delivery Reviews. 2013, vol. 65, p. 71-79.