2018年5月号
特集 - 起業を支援する
神戸大学における科学技術イノベーション創出の試み
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忽那 憲治 Profile
(くつな・けんじ)

神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 副研究科長・教授、株式会社科学技術アントレプレナーシップ 取締役

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山本 一彦 Profile
(やまもと・かずひこ)

神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 教授、株式会社科学技術アントレプレナーシップ 取締役

科学技術イノベーション研究科の設立

神戸大学は、2016年4月に科学技術イノベーション研究科の修士課程を設立した。18年4月には博士課程を設立する*1。本研究科では、先端科学技術に関する教育研究を行う自然科学系と、アントレプレナーシップに関する教育研究を行う社会科学系により、学問の枠を超えた新たな「文理融合」型の教育研究システムを構築する。

図1 神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科の重点領域

また、図1に示すように、本研究科が重点を置く5本の柱として、バイオプロダクション分野、先端膜工学分野、先端IT分野、先端医療学分野、アントレプレナーシップ分野の教育研究分野を設け、互いに「分野融合」することで新たな科学技術や学問領域を生み出すとともに、人材養成や研究開発、事業化を効率よく循環させることで科学技術イノベーションを継続的に生み出すシステムを構築し、世界的な拠点形成を目指す。

本研究科で養成・輩出する人材像は科学技術アントレプレナーであり、大きく三つのタイプの人材を想定している。第1に、新たにベンチャー企業を立ち上げることによって科学技術イノベーションを実現する「独立企業家」となる人材。第2に、既存企業や研究機関などにおいて科学技術イノベーションの創出に取り組む「企業内企業家」となる人材。第3は、文理融合・分野融合の視点から科学技術イノベーションに関する教育研究を実践できる「教育者・研究者」となる人材である。

株式会社科学技術アントレプレナーシップの設立

2016年4月の科学技術イノベーション研究科の設立に合わせて、同年1月26日に株式会社科学技術アントレプレナーシップ(以下「STE社」)と、一般社団法人神戸大学科学技術アントレプレナーシップ基金(以下「神戸大学STE基金」)を神戸大学キャンパス内に設立した*2。神戸大学STE基金は、科学技術イノベーション研究科の一部教員の共同出資によるもので、両者の活動主旨に賛同いただいた、神戸大学関係者(個人)と民間企業からの拠出によって資金が確保されている。

図2 神戸大学の科学技術イノベーション創出スキームの全体図

神戸大学の科学技術イノベーション創出スキームの全体図は、図2に示すとおりである。STE社は、科学技術イノベーション研究科と一体的に連携して、神戸大学発の急成長イノベーション・ベンチャー企業(以下「ベンチャー企業」)の創業支援のためのシード・アクセラレーター事業を展開する。神戸大学STE基金は、神戸大学発のベンチャー企業に、STE社を通じた間接的な出資を行う。ベンチャー企業が創造した価値の一部は、当該ベンチャー企業からSTE社への配当、もしくは、当該ベンチャー企業の株式の売却によるキャピタルゲインとして還元され、神戸大学STE基金へは、STE社からの配当によって還元される。神戸大学は、神戸大学STE基金またはSTE社からの寄付によってベンチャー企業の価値の一部を回収し、新たな研究開発のための資金に還元する。

このように、神戸大学の取り組みは、神戸大学STE基金と、大学関係者(一部教員)が共同出資して設立したSTE社が、神戸大学から生まれた研究成果の事業化を行うベンチャー企業にシードマネーの一部を提供して、科学技術イノベーション研究科と連携して手厚いハンズオン支援を行うスキームであり、現時点において、他の国立大学法人などには見られない独自の取り組みである。ベンチャーキャピタルファンドの設立を通じた既存ベンチャー企業への大口投資ではなく、シード・アクセラレーターとしてベンチャー企業設立時への小口投資と、その後のハンズオン支援によるバリューアップに活動の重点を置くところが最大の特徴である。科学技術イノベーション研究科設立後の5年間で、神戸大学発のベンチャー企業を4~5社程度創業させることを目標としている。

STE社の経営体制は、代表取締役の三宅秀昭を民間企業から招聘(しょうへい)し、取締役は神戸大学の教員である忽那憲治(筆者)、山本一彦、國部克彦の3人、監査役は弁護士法人御堂筋法律事務所のパートナー弁護士の桑山斉が務めている。一方、神戸大学STE基金は、同基金の理事を神戸大学の3人の理事(産学連携担当、総括副学長、社会連携担当)が担当し、大学からのガバナンスが有効に機能するように組織設計している。

株式会社科学技術アントレプレナーシップの活動内容

図3 科学技術イノベーション創出における二つのギャップ

STE社は大きく二つのサービスを提供している。一つが上述したシード・アクセラレーター事業であり、もう一つが戦略的企業家(イノベーション人材)育成のための教育研修プログラムの提供である。図3に示すように、科学技術イノベーション創出においては、二つのギャップが存在する。科学技術上のブレークスルーをイノベーションのアイデアに展開するところのギャップと、そのイノベーション・アイデアをイノベーション・ストラテジーに落とし込むところのギャップである。いくら科学技術上の素晴らしい研究成果(ブレイクスルー)であっても、この二つのギャップを乗り越えることができなければ、社会的・経済的価値の創出をもたらすイノベーションにつなげることができない。大学発の科学技術ベースのベンチャー企業が大きく成長を遂げることができない背景には、これら二つのギャップを乗り越えることができないことに大きな原因がある。

そこでSTE社は、シード・アクセラレーター事業として、大学研究者の研究シーズを元にして、ベンチャー企業の設立から、外部からの本格的な資金調達(ベンチャーキャピタルからの投資ほか)の実現までの期間に、必要な支援を提供する。支援内容は、主として、①創業資金の一部の出資、②事業戦略・財務戦略・技術戦略・知財戦略を含む包括的な事業計画(ビジネスプラン)の作成、③資金調達先の選定、経営陣のリクルート、相手先との交渉である。

またSTE社は、民間企業における科学技術イノベーションの実現に向けて、戦略的企業家(イノベーション人材)育成のための教育プログラム(社内研修等)を提供している。教育プログラムの対象分野は、ストラテジック・アントレプレナーシップ、事業戦略(競争戦略、イノベーション戦略等)、財務戦略(アントレプレナー・ファイナンス)、知財戦略である。シード・アクセラレーターの活動を通じた投資リターンの実現は、それがいつになるのか極めて不確実であるため、STE社の安定的な収益源の確保のために、民間企業に対する教育事業の提供は重要な意味を持っている。

STE主導で設立した神戸大学発のベンチャー企業の紹介

STE社が主導して設立した神戸大学発のベンチャー企業は、現在のところ3社である。投資先の1社目は、ゲノム編集の株式会社バイオパレット*3である。同社は、医療、創薬、農業、微生物の分野を候補として、切らないゲノム編集技術を活用した事業開発を目指している。事業開発を推進する基盤として、強固な知財戦略の構築を進めるとともに、自社開発および企業とのアライアンス(共同開発やライセンスアウト)双方の可能性を視野に入れ、グローバルな事業展開を目指している。

投資先の2社目は、ゲノム合成の株式会社シンプロジェン*4である。同社は、独自の長鎖DNA合成技術による「正確で長い」DNAを通して、長鎖DNA(~50kb)の受託合成事業、長鎖DNA合成技術を用いた受託微生物育種事業、長鎖DNAデザインについてのコンサルティング事業の展開を目指している。

投資先の3社目は、ウイルスクリアランスCROのViSpot株式会社(バイスポット)である。同社はサンスター株式会社と共同で設立した、バイオ医薬品の開発支援を行う会社である。バイオ医薬品の製造工程が、外部から汚染されたウイルスをどの程度除去できる性能を持つかを第三者として評価するためのウイルスクリアランス試験の受託事業の展開を目指している。

STE社は、これまでに設立した上記の3社の成長支援と平行して、これらに続く神戸大学発のベンチャー企業の創出に向けて、科学技術イノベーション研究科の理系研究者の研究シーズのスクリーニングに現在取り組んでいる。

*1
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科
http://www.stin.kobe-u.ac.jp/index.html(accessed 2018-05-15)

*2
株式会社科学技術アントレプレナーシップ
http://www.ste-kobe.co.jp(accessed 2018-05-15)

*3
株式会社バイオパレット
http://www.biopalette.co.jp(accessed 2018-05-15)

*4
株式会社シンプロジェン
http://www.synplogen.co.jp(accessed 2018-05-15)