2018年5月号
単発記事
愛知学院大学×旭ゴム化工×パルメディカル
顎関節固定具「AGOキャップ」の開発
顔写真

栗田 賢一 Profile
(くりた・けんいち)

愛知学院大学 歯学部顎口腔外科学講座 主任教授


顎関節脱臼の現状と本装置の社会的必要性

最近の高齢化社会に伴い、高齢者で顎の関節が外れ、口が閉じられなくなる病気、いわゆる「顎(がく)関節脱臼」が増えてきている。顎の関節は耳の前にあり、口を開いたり閉じたり、物をかんだりする時の顎の動きを調節している。痩せている人の場合、口を開いたり閉じたりすると関節の動きが良く分かる。顎関節脱臼の一番の原因は、突然大きく開口することである。しかし高齢者になると、顎関節の受け皿部分が浅くなったり、関節の周囲組織が弛緩(しかん)したりして、顎関節脱臼しやすくなる。このような顎の脱臼を防ぐ専用サポーターは、今まで存在しなかった。そこで今回、私たち愛知学院大学歯学部顎口腔外科学講座の顎関節チームは、顎関節脱臼を防止するための固定具「AGOキャップ」を、旭ゴム化工株式会社(愛知県名古屋市)および株式会社パルメディカル(東京都千代田区)と共同で開発し、製品化するに至った。また、大学から特許出願も行い、特許登録にまで至っている(特許第6168662号)。

高齢化社会以前では、顎関節脱臼はまれな病気であった。原因は口を極端に大きく開けることであり、大抵は大あくびや歯科治療時に起きていた。これまでの治療法では、外れた関節を元の位置に戻し、その後は患者に大開口を避けることを指示すれば、ほとんどの症例で再発は避けられていた。それでも再発する場合には、顎関節の形態修正手術で治すことが可能だった。しかし、先述のとおり高齢者は顎関節の受け皿部分が浅くなったり関節の周囲組織が弛緩したりして、顎関節脱臼しやすくなるのが現状だ。また、認知症や筋弛緩性全身疾患になると、顎関節脱臼が習慣化してくる。さらに悪いことは、全身状態が悪化すると、顎関節脱臼防止手術もできなくなってしまう。こうした時にこそ、今回開発したAGOキャップが必要なのである。

高齢者で顎関節脱臼が頻発するようになったり習慣化したりすると、食べ物を満足にかむことができない。また、食塊をうまく飲み込むことができず、気管に入ってしまう可能性が高まる。さらに、口を閉じることができないので、口の中はいつも乾燥し、粘膜はカリカリになり、舌苔(ぜったい)が蓄積し、そこに細菌が繁殖してしまう(写真12)。この細菌と唾液が気管に入り、誤嚥(ごえん)性肺炎を起こすのである。この誤嚥性肺炎は致命的で、意思が十分に伝えられない認知症の高齢者では短期間で死亡につながるケースも少なくない。

写真1 顎関節脱臼により、いつも口が開いたままになる。


写真2 口内は乾燥して不潔になり、細菌が繁殖し誤嚥性肺炎を起こしていた。

こうした顎関節脱臼を有する高齢者が増えてきているのだが、われわれがこの固定具を開発する前は、弾性包帯や歯列矯正に用いるチンキャップがやむなく使われていた。しかし、弾性包帯は巻くのに時間と専門技術を要してしまう。強く巻きすぎると気道を圧迫してしまい、緩すぎるとすぐに外れてしまう。また、食事時には口を開ける必要があるため包帯を外さなければならず、入浴時も包帯が濡れるため再度巻かなければならない。さらに、認知症患者の場合は本人の協力が得られないので、弾性包帯での対処は困難である。一方、歯列矯正に用いるチンキャップは、本来、小児に用いて顎の発育を抑える目的の器具であり、顎の固定力は元々弱くできている。また、顎を抑える先端部分は小さいので、患者の協力がなければすぐに外れてしまい、強く締めすぎると顎の先端に潰瘍を作ってしまう。従って、チンキャップも認知症を伴う高齢者にはうまく使うことはできず、こうした点を改良したのがAGOキャップなのである。

名称の由来は、AGOは「アゴ(顎)」と読み、Aichi Gakuin university Oral surgery (愛知学院大学口腔外科)をも意味している。

図1 AGOキャップの模式図(特許出願明細書より)


写真3 AGOキャップ装着時(パルメディカル社員による試着)

本装置の特長

AGOキャップには、次の特長がある(図1写真3

1.頭部には伸縮性ネットを採用し、通気性があり、外れない図14

四六時中、装着を安定させるため伸縮性ネットを採用した。


2.前額面~側頭部~後頭部は、伸縮性素材を使用して固定を確実にする図14b7および8

人間の頭の形は種々である。従って、伸縮性のクロロプレンゴム(ウエットスーツに使用される素材)を用いて、柔軟に対応できるよう配慮している。


3.オトガイ部形態に合った伸縮性素材で開口を制限図12および3

顎の先端部に丸みを帯びさせて、抑制力が顎に均等に加わるよう配慮している。従って、皮膚潰瘍を避けることができる。


4.伸縮性バンドで開口域のさらなる調整が可能図12

図13の伸縮性素材で顎の開口を制限するが、さらにその力を調整できるよう、外側にも伸縮性バンドを付けた。


5.オトガイ部にあるフックで開口抑制力の測定が可能図16

抑制力を計測することで数値化が可能である。新しいAGOキャップに交換した場合でも、今までに用いた抑制力を容易に再現することができる。


6.洗濯が可能

いつも清潔を保った状態で繰り返し使用してもらえるよう、洗濯が可能な素材を採用した。


7.異なる3サイズ(S/M/L)

頭囲により異なる3サイズを作成した。


今後の展望

顎関節脱臼を有する多くの高齢者は、老人養護施設や在宅で療養を受けている。こうした患者の中には、顎関節を脱臼していることが見過ごされていることも少なくない。たまたま歯科医が往診して顎関節脱臼を発見するケースも見受けられる。もし発見が遅れた場合、誤嚥性肺炎を併発し、不幸な転機を招くことがある。従って、まずは顎関節脱臼について広く啓蒙(けいもう)し、早期発見をすることが重要である。

次に重要なことは、本装置が適正に使用されているかどうか継続的に観察することである。特に、上下の歯が無く、かみ合わせが悪い場合には顎を適切に押さえることができない。従って、適切に本装置を使用するためには、やはりかみ合わせの専門家である歯科医がその役割を果たすしかない。それには報酬が関与してくるので、保険で本装置の指導料が算定できるようにしなくてはならないと考えている。