2018年5月号
シリーズ 人(ひと)
和歌山大学で最も金を稼ぐ男
国内最大級のパラボラアンテナ

和歌山大学前(ふじと台)駅の駅前から、起伏の緩やかな坂道をバスで何度か上り下りして数分走ると、小高い丘に臨む和歌山大学がある。構内から総合研究棟に向かう途中、パラボラアンテナが視界に入ってきた。大学の「稼ぎ頭」と呼ばれる秋山演亮教授(写真1)が建てたものだ。空に向けてそびえ立つその姿は教授の象徴のようにも思える。

写真1 和歌山大学クロスカル教育機構 教授 秋山演亮(あきやま ひろあき)氏

有効口径は12mで、国立大学のキャンパス内に設置されているものとしては国内最大級だ。自身で稼いだ10億円の研究予算の一部を捻出し、地域と協力しながら建てたものだ(写真2)。通常、大手メーカーに依頼すれば5年のメンテナンス込みで5億~10億円は必要らしいが、電波施設だけを1億5000万円で建てた。メンテナンスは地元の企業に依頼し、年間10万円前後に抑えた。

写真2 国立大学では国内最大級のパラボラアンテナ

仕事場2カ所を行ったり来たり

秋山教授は、和歌山大学6割、千葉工業大学4割の比率でクロスアポイントメント生活を送る。住まいのある大阪市から、和歌山市と千葉県の習志野市を行ったり来たりの多忙な日々だ。

京都大学農学部林産工学科卒業後、木材利用のための木質パネルを研究開発していた西松建設株式会社技術研究所(当時神奈川県大和市)に就職、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所(茨城県つくば市)の共同研究員として、ここでも神奈川県と茨城県を行ったり来たりの4年間だったという。

「宇宙に関心があったので、林産工学への進学は不本意だった」と口にするように、西松に在籍し、林産工学分野の範疇(はんちゅう)でもある岩石の研究をしながら、「はやぶさ」の小天体探査計画に参加。さらに月周回衛星「かぐや(SELENE)」の月探査計画にも参加するなど、宇宙への関心は尽きることがなかった。

「博士」と「現場監督」二足のわらじ

当時、秋山教授は学部卒だったことから、「もっと研究がしたい、大学院へ行きたい」と会社に相談した。上司からは「宇宙か?農学か?」と聞かれたという。結果、通勤圏内の都内で、地質と名の付く研究科という条件付きで東京大学大学院理学系研究科地質学教室博士課程に社会人入学。西松の仕事と博士課程と、ここでも2カ所を行ったり来たりすることに。9時から17時までは仕事、夜は論文を指導する教授が相模原市の宇宙科学研究所(ISAS)にいたこともあり、双方に通う毎日だった。

4年半かけて博士号を取得したが、ゼネコンの経営環境が厳しくなり、静岡県の建設現場へ異動となる。現場では宇宙に関する仕事はなく、測量機器を担ぎ、地山の状態調査など不本意な仕事が続いた。

そんなとき、株式会社島津製作所の田中耕一氏がノーベル賞を受賞。民間企業の現役社員の受賞は国内で大きな話題を呼んだ。世間では企業の社員が研究業務をすることはあまり知られていなかったので、朝日新聞が「明日の田中さん」という紙面企画を連載。その取材を受け、第一弾を飾ったのが秋山教授だった。大きく取り上げられた新聞を見た現場の上司は「二足のわらじは無理だ。ゼネコン社員は現場監督業だ。宇宙に未練があるなら辞めたほうがいい」といさめられた。多忙を極める仕事ではどうするか考える暇さえなかったが、高所作業車(はしご車)の研修が舞い込み、3日間だけ9~17時勤務となり考える余裕もでき、「辞めるか」と結論を出した。行くところがない中、偶然にも秋田大学にいた中高時代の先輩から、「月給10万円だが研究補佐員を探している。誰か知り合いはいないか」と相談された。ならば自分が行きたいと西松を退社し、2003年秋、秋田大学研究開発推進員となった。

写真3 当時の秋山氏

今後は違う方法で稼ぎたい

その間、能代宇宙イベント協議会事務局長として地元のロケット打ち上げ場を整備、ロケットガール養成講座の企画などを実施。宇宙教育を通じた人材育成に突き進む(写真3)。数年後にチャレンジできる人材を育てたつもりが、学生たちが既存の大企業にばかり進学するため、人材育成にも熱が入らず秋田大学を辞める決意を固める。しかしここでも偶然、和歌山大学から「3カ月分の給料を確保したので、その期間だけ来てほしい」と誘われた。宇宙教育を通じた人材育成には関心がないと留保したが、「生きざまを見せてほしい」と、そこまで言ってもらえるならと承諾。2008年10 月から和歌山大学へ着任し現在に至っている。

「ロケットはただ打ち上げるだけではありません。海なら漁協との調整、陸なら地域への安全対策など、全てを学べる場は少ないのです」と秋山氏。6~7人の学生がチームを組んで、それぞれのパートを確実にシンクロさせ進めていくことが肝心で意味深いという。

いつも二つの仕事を抱え、超多忙な日常であっても、研究費の獲得は名人の域にあるようだ。しかし今後は違う方法で稼ぎたいと話す。公的資金の事務処理が細かすぎて、仕事の4割を割かれるからだという。

今も宇宙に夢を抱きつつ、地域の防災ネットワークの構築などにも力を注いでいる。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)