2018年11月号
特集 - 「飲・食」を集めて貢献 産学官
アスリートのための鹿屋アスリート食堂
スポーツ×栄養学で体育系単科大学のビジネスをけん引

スポーツ栄養学に基づいたバランス食を提供する「鹿屋アスリート食堂」が2014年4月に鹿児島県鹿屋市にオープンした。以後、同年6月には東京丸の内、品川、両国、神田錦町、大阪では森ノ宮と、次々と鹿屋体育大学発の「アスリート食」が広がっている。

大学生アスリートのために、栄養バランスの良い食事を

鹿屋市は、鹿児島湾と桜島を挟む形で鹿児島市と東西に向き合う。鹿児島市内からは陸路より湾を横断するフェリーが利用され、陸上交通の便は決して良いとは言えない。人口およそ10万人、農業や畜産が盛んで、若者からは敬遠されがちな立地かもしれないが、国内唯一の国立体育大学である鹿屋体育大学には、日本全国から学生が集まってくる。しかし大学周辺には飲食店が少なく、学生が昼夜を問わず気軽に食事ができる場所が必要だったという。スポーツ生命科学系講師の長島未央子氏が、スポーツ栄養学に基づいたバランス食でアスリートの体作りをサポートできればと考えたのが「鹿屋アスリート食堂」のきっかけである。

「学生は全員スポーツ選手です。トレーニングは学内で指導できても、食事の管理は難しいものです。肉は1日の必要量の120%食べているのに、野菜は50%だったり」と、長島氏は笑みを見せた。

長島氏自身も高校時代は陸上部に所属するアスリートだったが、自己流の減量に失敗して走ることができなくなった友人を目の当たりにし、「運動と栄養」を指導できる指導者を志す。

長島氏は、「同じスポーツでも、陸上長距離と柔道では食べるものや量も違うため、個々に合わせたエネルギーコントロールが重要です。その考え方は、アスリートだけでなく一般の方々にも健康食として応用できます」と説明する。鹿屋市に自身のアイデアを相談していたときに、飲食店の企画・運営を手掛ける株式会社バルニバービ(東京本部:東京都台東区)代表取締役の佐藤裕久氏と知り合い、2014年4月、産学官連携プロジェクトとして、「食材の宝庫」と評される鹿屋産の食材のみを使用した「鹿屋アスリート食堂」を同大学近くにオープンした。

鹿屋アスリート食堂研究開発本部(鹿児島県鹿屋市)


スポーツ生命科学系講師の長島未央子氏
鹿屋アスリート食堂研究開発本部前で


東京、大阪に6店舗 ダチョウやカンガルーの肉も

体育大学が産学官連携で事業を起こすという取り組みは話題を呼び、子どもからお年寄りまで、健康志向の3世代の家族連れにも定着した。そして、県外など遠方からのリピーターも徐々に増えていった。

その手応えから、運営会社を株式会社アスリート食堂へと変更、2014年6月には「ランナーの聖地」皇居近くに、東京・神田錦町店(現本店)をオープン。皇居の外周路を走る「皇居ランナー」はもちろん、ランチタイムには竹橋や大手町のビジネスパーソンでにぎわう。その後、品川シーズンテラス店(東京都品川区)、両国テラス店(同墨田区)、丸の内店(同千代田区)、バランス食堂&カフェアスショク(大阪市中央区)と破竹の勢いで店舗を増やし、現在は6店舗を展開中である。

基本メニューは「1汁1飯3主菜(主菜3品+ご飯+汁物)」で、主菜は「野菜」「野菜と肉・魚・卵」「肉・魚・卵」の三つのカテゴリーから好きなものを3品選ぶ。本店と丸の内店では「アス弁(アスリート弁当)」としてテイクアウトも可能だ。

中には変わり種のメニューも用意されている。鹿屋の研究開発本部では、鹿屋市高牧町の「鹿屋オーストリッチ農場」で育てたダチョウ肉のコロッケや、東京の店舗*1では、ルーミート(カンガルー肉)も食材として使用する。どちらも赤身肉で脂肪が少なく、鉄分が多いのが特徴だ。

定食の場合、鹿屋体育大学の学生は600円、一般客へは900円前後で提供、レシートにはカロリーやタンパク質、炭水化物、脂質など、自分が食べた食事の栄養バランスが数値で記載されるので、自己管理にも活用できそうだ。

体育大学初のベンチャー

大学生アスリートを中心に栄養面や体調面でサポートしてきた長島氏だが、もっと早い段階で取り組むことで、けがや故障の予防ができるのではと考え、ジュニア向けのサポートをする株式会社KAGO食スポーツを2016年に設立した。アスリート食堂は鹿屋体育大学で初めての産学官連携事業で誕生した「形」だったが、KAGO食スポーツもまた同大学初の大学発ベンチャーで、2020年の東京五輪、そして同年10月に開催される「かごしま国体」で、スポーツを栄養面からサポートする事業にビジネスチャンスを見いだす。「不便な場所だからこそ、チャンスを逃さずに起業できました」と長島氏。さらに雇用を生み出すことができれば、体育大学では珍しい企業活動による地域活性化にも貢献できそうだ。

現在は県内の病院と提携し、血液検査の結果に基づき、食事の問診とオーダメイドの食事指導をする仕組みを構築中である。さらに、県内限定の事業だけでは企業として成長できないと考えるやいなや、自宅で簡単に自己採血ができる微量血液検査キット「マイクロセルフキット」を製造販売する株式会社雅精工(山梨県南都留郡)とOEM*2で提携。貧血など、アスリートには欠かせないデータを把握し、食による栄養管理につなげたいとする。

微量血液検査キット「マイクロセルフキット」


マイクロセルフキットは、指先から採取した血液を付属の遠心分離機で血球と血清に分離させ、専用のボトルに入れて分析センターへ郵送するだけの簡単なキットだ。通常、血液は冷蔵輸送だが、このキットは常温輸送が可能なため、採血後は郵便ポストに投函するだけでいい。今秋以降に販売予定で、これを基に鹿児島から全国展開を目指す。

「病院へは症状がひどくならないと行きませんが、ひどくなる前に簡単に血液検査ができます。また、データを可視化することでスポーツ現場での活用を想定しています。早期に食事対策を始めるきっかけとなるので、管理栄養士がやることに意義があります」と、検査の重要性を訴える。続けて、「鹿屋は田舎ですし、特に鹿児島は離島も多いので、このキットを利用した遠隔診療も検討しています」と事業展開は膨らむばかりだ。

アスリート食堂は、産業の少ない地元に少なからず雇用を生み出した。大学の収入にはならないが、間接的なスポンサード*3や、売り上げの一部を選手の活動費に充てている。一方、大学という制約を取り払ったKAGO食スポーツは事業会社ゆえにビジネスはしやすい。

「本学では前例がない分ハードルも多い」と長島氏。「そういう雰囲気を取り払うことで、スポーツと栄養学を組み合わせたビジネスの可能性をけん引したい」と、事業家の顔をのぞかせた。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)

*1
両国テラス店を除く

*2
Original Equipment Manufacturer:他社ブランドの製品を製造すること、またはその企業。

*3
資金提供