2018年12月号
オピニオン 「所論」
新たな働き方、生き方、社会の在り方の実現に向けてテレイグジスタンスの社会実装を
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舘 暲 Profile
(たち・すすむ)

東京大学 名誉教授




テレイグジスタンス(遠隔存在)に注目、AIの限界を超える

産業の革命的ともいえる進展により、労働生産性が高まり、豊かさが社会に行き渡るとともに平均寿命も向上する中で、地球温暖化や資源問題などが顕在化し、格差が広がり社会が分断されるなどの多くの社会課題が顕在化してきている。このため、社会を持続可能な形で発展させるための積極的な取り組みを世界各国に期待して、2015年に「持続可能な開発目標(SDGs)」が国連で決議された。わが国では、第5期科学技術基本計画の下で、Society 5.0の実現に向けた取り組みを通じ、これに応えようとして、イノベーションによる新たな働き方、生き方、社会の在り方を模索している。

これらの変革を実現する科学技術の一つとして、人工知能(AI)、自律型知能ロボットなどへの期待が高い。しかし、これらの技術にもおのずから適用限界があることに加えて、一般市民の漠然とした不安として、安全性やセキュリティー、説明責任などに関わる問題に加え、これらによる雇用への悪影響やその利活用に係る懸念も指摘されている。

これに対し、センサー、バーチャルリアリティー(VR)、ロボティクス、AI、ネットワークなどの技術を統合し、感覚や身体機能をロボットと同期させ(義体化)、遠隔地にあるものがあたかもその場にあるように感じながら人間がリアルタイムに作業を行なう「テレイグジスタンス(Telexistence:遠隔存在)」*1は、多様な分野での産業応用が可能な汎用(はんよう)的なヒューマンエンパワーメント(人間能力拡張)システムであり、社会に好循環をもたらすイノベーションとして注目され始めている*2

この人間と機械の共創により、高度なサービスや新たな就労形態が可能となる。また、テレイグジスタンスでは、人間が最終的に判断して作業を行なうため、説明責任、雇用問題などの懸念は比較的少ない。また、AI、クラウドソーシング、シェアリングエコノミーなどとの整合性も高く、さまざまな産業分野で実際に操業しながら義体操作者の作業行動データが得られるため、現状のAI技術の限界を超えてゆくための貴重な資産ともなる。

次期XPRIZEのテーマとして選定される

1980年にわが国で着想され、長らく研究開発段階にあったテレイグジスタンスは、2007年頃からテレプレゼンスという名称で、米国で商品化され始めた。ただしこれらは、臨場感がなく、コミュニケーションはできるものの作業をすることはできなかった。そのような状況の中、世界の偉大なリーダー50人に2014年に選出され、イノベーション界のカリスマと評されるピーター・ディアマンデス氏が1995年に創立した非営利組織Xプライズ(XPRIZE)財団が主催するコンペVisioneers Summitが、2016年10月に開催された。当該サミットの目的は、次のXPRIZEの対象テーマを九つの候補テーマの中から選ぶことにあり、学識経験者や企業のCEO、ベンチャーキャピタル(VC)の決定権者などからなる約300人のMentorと呼ばれる審査員により、9チームの提案テーマが2日間かけて審査された。

著者はXPRIZE財団のAvatarチームから、「世界で最も進んでいるAvatarであるTELESAR V の実演をVisioneers Summitで行ってほしい」旨の要請を受け、2日間にわたり実演を行った。その結果、他のテーマを押しのけ、Avatarが、次期のXPRIZEのテーマとして選定され、世界中からの参加者によるAVATAR XPRIZE*3に向けての競争が開始されるに至ったのである。財団はこの競争を通して、時空間瞬間移動産業ともいうべき、VR、ロボティクス、AI、ネットワーク等の最先端のテクノロジーを用い、複数の場所に人間がロボットの身体を用いて存在し物理的な作業までを可能とするテレイグジスタンスの産業化を目指している。

XPRIZE財団の主催するVisioneers SummitでのTELESAR Vの実演


この動きに呼応するように、2017年になってKDDI、新日鉄住金ソリューションズとNTTドコモやトヨタなどが、臨場感があり作業も可能なテレイグジスタンスを指向した製品を目指したプロトタイプを公表した。また、テレイグジスタンスそのものの産業化を目指すベンチャー企業も生まれるに至った。さらに、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「ACCEL」の「触原色に立脚した身体性メディア技術の基盤構築と応用展開(略称:身体性メディア)」プロジェクト*4によるコンソーシアムに、触覚や身体性を伴うVRやテレイグジスタンスの事業化を目指す企業が40社以上集まるなど、その方向を加速し、作業を伴う遠隔就労を実現させ、テレイグジスタンス産業分野を形成しようとする動きがわが国でも活発になってきている。

改革議論を

テレイグジスタンス技術によれば、環境、距離、年齢、身体能力などさまざまな制限を乗り越えて、人間があたかも瞬時に移動して自在に作業することが可能となる。このため、(1)放送、スポーツ産業、娯楽産業などのサービス産業分野、(2)遠隔介護、遠隔診断、救急医療などの健康医療産業分野、(3)過酷、危険な環境下での作業、(4)多様な環境からの労働参加などの遠隔労働産業分野、(5)モバイル/ウェアラブル分野、などでのアバターの活用などを通じて、社会課題解決と経済発展の両立を実現できると期待されている。

今後、テレイグジスタンスをシステムとして広く展開するときの要となる、解決すべき技術的、社会的課題を明確にし、それらに集中して取り組むことで、長らく研究段階にあったテレイグジスタンスを実用化することができよう。しかし、産業化に向けては、システムとしてどう統合するか、どのようなビジネスモデルを構築するのが良いかなど課題も多い。

公益社団法人日本工学アカデミーでは、テレイグジスタンス社会に関わる調査研究を行い、この動きを加速化するために行うべき施策を2018年5月に提言としてまとめた*5。産学官民で、より生き生きと豊かで、かつ持続可能な社会に向けた改革議論が深まれば幸いである。

時空間瞬間移動産業の創出とテレイグジスタンスの社会実装を通じて、新たな働き方、生き方、社会の在り方の実現を目指す。


*1
テレイグジスタンス
https://tachilab.org/jp/about/telexistence.html(accessed 2018-12-15)

*2
Telexistence Innovation
https://www.forbes.com/sites/japan/2018/01/26/telexistence-how-this-tokyo-startup-is-building-real-life-avatar-robots/(accessed 2018-12-15)

*3
AVATAR XPRIZE
https://avatar.xprize.org/prizes/avatar(accessed 2018-12-15)

*4
JSTのACCEL「触原色に立脚した身体性メディア技術の基盤構築と応用展開(略称:身体性メディア)」プロジェクト
https://tachilab.org/jp/accel_project.html(accessed 2018-12-15)

*5
新たな働き方、生き方、社会の在り方の実現に向けた提言
テレイグジスタンスの社会実装へ
https://www.eaj.or.jp/app-def/S-102/eaj/wp-content/uploads/2018/06/Project-houkoku-20180419.pdf(accessed 2018-12-15)