2019年1月号
研究者リレーエッセイ
成熟か老化か:高分子と人の一生
顔写真

澤本 光男 Profile
(さわもと・みつお)

中部大学総合工学研究所 教授、
京都大学 名誉教授・特任教授(産官学連携本部)、
国立研究開発法人科学技術振興機構 研究主監、
日本化学会 常務理事

およそ2年前、2017年3月に京都大学を定年退職した際に最終講義を行った。この講義の冒頭では、恒例により経歴紹介を行うが、ふと思いついて、そこに幼少期から学生時代を経て定年に至るまでの自分の顔写真を並べてみた。表題「成熟か老化か」は、そのスライドに付けた戯れ言である。風貌は、その人の歩んできた一生を写しているとしばしば言われるが、60年以上にわたる自分自身の容貌の変化を改めて眺めてみると、頭頂部の変化は別として、成熟なのか老化なのか、あるいは美しく年を重ねて風格を漂わせているのか、苦労や軋轢(あつれき)に傷ついてきたのか、しばし考えさせられた記憶がある。

成熟か老化か:高分子の生成と一生

学生時代から研究の生業(なりわい)としてきた高分子(ポリマー)は、エチレンやスチレンなどの小さな分子(モノマー)を何百何千あるいは時には何万も次々と同じ反応でつなぎ合わせて作られる巨大な分子であり、真珠のネックレスのように、多数の部分(モノマー由来の繰り返し単位)からなる長い鎖状の主鎖と末端基や側鎖などからなる。人類に至る地球上の全ての生物は、体を形作るタンパクから遺伝子や酵素まで、多数の高分子(生体高分子)からなっており、また、さまざまな構造と機能をもつ人工の高分子(合成高分子)も作り出されている(図1)。

図1 さまざまな構造の機能性高分子


この高分子合成(重合反応)は、しばしば人の一生に例えられる。高分子鎖は開始剤や触媒により生まれ(開始反応)、モノマーという食料を糧として身長と体重(分子量、鎖長)を増し巨大な分子に育つ(成長反応)。しかし、人の一生に似て、時に病気や事故(副反応-停止あるいは移動反応)により若くして、あるいは大過なく生き永らえた後に、生命(反応活性)を失ってその一生を終える(図2)。そのため、一つ一つの高分子鎖の構造には、開始を経て成長反応を繰り返し、場合により副反応に遭遇してきた履歴が映し出されている。重合反応が人の一生に例えられるゆえんである。その意味で、順調な成長反応は成熟であり、停止や移動反応は老化といえるかもしれない。事実、人の老化も、一つにはタンパクなどの生体分子(高分子が多い)の代謝・再生における誤り(副反応)が蓄積した結果と推定されている。

図2 精密重合の特徴と従来の重合の違い


老化の克服:精密重合へ

いま社会では、医療の進歩もあって人の寿命が延び、高齢化社会への対応が課題となっている。また、帝王や皇帝をはじめ人は皆、古来、不老長寿を夢見てきた。最近では、そのための人工冬眠や遺伝子工学(クローン)まで議論されているが、最も端的には、人の延命は病気や事故を防ぐことにある。

これとは全く無関係の経緯ではあるが、高分子合成においても、長い間にわたって高分子の長寿命化と不老長寿が夢見られ、1950年代からそれがかなり可能となってきている。副反応を克服し、高分子を生む反応中間体(成長種)が長く「生きている」(反応活性を保つ)という意味から、このような重合反応を「リビング重合」(living polymerization) あるいはより広い意味で「精密重合」(precision polymerization) と呼んでいる(図2)。

成長する高分子の寿命を延ばし、不老不死・長寿とすることは、すでに述べた病気や事故に対応する副反応(停止と移動反応)を防ぐことにほかならない。高分子科学では、さまざまな重合における反応機構と速度論(生成の経路と時間経過)が詳細に研究され、反応中間体の寿命を縮める副反応は何であり、またなぜ起こるのかがかなり明らかとなってきた。同時に、精密重合が実現すると、副反応に見舞われることなく成長するため、分子構造とそれに基づく機能が精密に設計された高分子(図1)を精密にまた思い通りに合成することができるようになる(図3)。このような高分子生成の理解の深化と新たな先端高分子材料への要求が両輪となって、21世紀の現在、数多くのリビング重合・精密重合が、知られている重合反応のほぼ全てにわたって実現するか実現しつつある。筆者らも、そのうちのいくつか(リビングカチオン重合とリビングラジカル重合)を幸運にも見いだしてきた。

図3 精密重合で何が起こり何ができるか


成熟を目指して:高分子の未来と自らの未来

科学のさまざまな分野で、ある時代に、それまでの課題がおおむね解決され、その分野は成熟期に入ったと危惧される場合が往々にしてある(ただし、この場合の成熟は、むしろ後ろ向きの停滞期をも意味していよう)。高分子合成においても、ほぼ全て重合反応が開拓されたように見え、有用で社会に不可欠な高分子材料も数多くかつ潤沢に開発されるに及んで、もうこれ以上新しい反応は生まれず、また新たな高分子材料は必要ないのではないか、という意見もある。

とはいえ、精緻な生命体を維持している化学物質がほとんど高分子(生体高分子)であることに思いをはせると、これまで人が創り出してきた合成高分子は、とりわけ20世紀以降の人類の生活と社会を健康で豊かにしてきたとはいえ、まだまだ未完成(未成熟)と言わざるを得ない。逆の意味では、なぜ自然と宇宙は、その138億年といわれる歴史の中で、また45億年前とされる地球の誕生以来、合成高分子とは大きく異なる生体高分子により生命を生み出してきたのか、興味をかき立てられる未踏の問題も少なくない。

自らが老化しつつあるのか、成熟に至りつつあるのかをいぶかりながら、高分子の真の成熟をもたらす科学のさらなる発展を願っている。