2019年1月号
オピニオン 「所論」
日本のAI強化に向けた共同研究と個人研究の調和
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山野 真裕 Profile
(やまの・まさひろ)

国立研究開発法人理化学研究所 革新知能統合研究センター 研究支援コーディネーター


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杉山 将 Profile
(すぎやま・まさし)

国立研究開発法人理化学研究所 革新知能統合研究センター センター長/
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 教授


民間企業と公的研究機関との共同研究では、研究機関が有する研究成果の実用化や企業の課題解決につなげることが期待される。一方で研究機関の研究者は、独自の自由な発想に基づく挑戦的な研究を行い、将来の科学技術の発展に貢献することが本来の役割として期待される。そのため、研究機関では共同研究と個人研究がバランスよく推進できる環境を構築していく必要がある。

本稿では、国立研究開発法人理化学研究所(以下「理研」)革新知能統合研究センター(以下「AIPセンター」)における取り組み事例から、人工知能(以下「AI」)研究分野の課題を振り返り、今後の進め方を考察する。

事例 ―AIPセンターにおける共同研究

AIPセンターは、文部科学省の人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクトの下で、2016年4月に理研に設置された。研究課題は、深層学習の原理の理論的解明やポスト深層学習を目指した汎用(はんよう)型のAI基盤技術の開発をはじめ、日本が強いサイエンス研究の加速やわが国が抱える社会的課題の解決へ向けた目的指向型のAI基盤技術の開発、そして、AI技術が世の中に浸透する際の倫理的・法的な問題や社会的な影響についての議論まで多岐にわたっており、これらの研究課題に、情報科学、数学、医学、経済学、法学、哲学、社会科学などに関する50余りのチーム・ユニットが協力して取り組んでいる。

こうした研究活動に加え、われわれは企業との共同研究にも最大限注力している。実際、AIPセンターが設置されて以降、非常に多くの企業からコンタクトを受け、100を超える企業との面談を実施している。そのうち、2018年11月1日時点で32社と共同研究契約を締結し、これらの企業から受け入れた100人余りの研究者と共同研究を実施している。共同研究の規模は、AIPセンターの1人の研究者が関わる個人規模のものから、AIPセンター全体が関わる連携センターまで、企業の研究テーマ・スタイルによって多様である。

課題と対策 ―人材不足の壁

昨今、AI技術分野の研究者やデータサイエンティストの不足が世界的に指摘されているが、AIPセンターの共同研究においてもそれを痛感している。共同研究の相談を受けるAIPセンター側では、機械学習、最適化、画像解析、自然言語処理など、特定の分野の研究者に依頼が集中しており、飽和状態にある。一方、共同研究を依頼する企業側では、共同研究を進める上で必要となる知識・技術を有する人材が圧倒的に不足している。そのため、せっかく興味深い研究課題の相談を受けても、具体的な研究内容の議論に入ることができないケースが散見される。また、実際に共同研究を進めていく上でも、新たな研究員や技術者の採用が非常に困難な状況が続いている。

限られた人的リソースを割り当てることから、公的な研究機関にふさわしい研究内容であるか、共同研究を持続的に発展させられる体制が構築できるか、などの点を精査し、極めて慎重にパートナー企業の選定を行っている。そのため、名だたる企業からの共同研究提案であっても、残念ながら合意に至らないケースもある。

実際の共同研究では、企業側から理研に研究課題を持ち込み、企業の研究者が主体的にデータ解析を行うことを前提としている。AIPセンターの研究者は、データ解析の実務を積極的には請け負わず、高度な技術や知見の提供に注力する。これは一般的に行われている共同研究の形態と大きく異なるが、極度のAI研究者不足に対応するための現実的な方策である。これによって、AIPセンターの少数の研究者が、幅広い分野からの多数の共同研究の要請に対応できるように努めている。また、企業側の研究者の自発的な技術獲得を促すこともでき、人材育成にもつながる。

問題意識と提言 ―共同研究と個人研究の調和

企業との共同研究を通して実世界の課題解決に貢献していくことはもちろん重要であるが、一方で忘れてはならないのが、研究機関の研究者自身の研究にとっても有益であるか、という観点である。依頼を受けた共同研究への貢献に忙殺されて、研究者自身の研究が進まなくなってしまうのは本末転倒であり、急務であるAI分野の研究人材育成や、わが国全体の技術レベルの底上げという視点からも大きな損失である。

より大局的には、すでに欧米中などで実用化が進んでいる技術の改良と普及に取り組むだけでなく、研究者自身が将来の社会のあるべき姿を想像し、その実現に必要となる科学技術を創生していくことが公的な研究機関の重要な責務である。今現在実用化が進んでいる技術でも、一昔前には何の役に立つか分からないと批判されていたものも少なくない。例えば、人工知能研究は、1950年代に始まり現在は第三次のブームとされているが、この半世紀以上の間に、技術的な限界によりブームが終焉(しゅうえん)、冬の時代に突入し、新たな技術の登場によって次のブームが引き起こされるということを繰り返してきた。つまり、社会の注目とは無関係に、冬の時代に研究者がほそぼそと続けてきた研究が、ある日一転して世の中に求められる次世代の中心的な技術となっているのである。科学技術の真の発展のためには、世の中のブームとは独立に、研究者の自由な発想に基づく独創的で先端的な研究を、長期的に支援する環境が不可欠である。

AIPセンターでは、今後も国民や社会の理解を得ながら、実社会の課題解決への貢献とともに、研究者自身が自由な発想で挑戦的な研究に取り組める環境を整えていきたい。