2019年2月号
特集 - 天使となるか 日本のゲノム編集最前線
日本発の新規DNA/RNA操作技術の開発
顔写真

中村 崇裕 Profile
(なかむら・たかひろ)

エディットフォース株式会社 代表取締役社長/九州大学 農学研究院 准教授


エディットフォース株式会社について

エディットフォース株式会社(EditForce Inc.、以下「当社」)は2015年5月に福岡市にて設立された九州大学発のベンチャー企業である。

主要株主として、事業会社であるKISCO株式会社のほか、株式会社東京大学エッジキャピタルおよびQBキャピタル合同会社より出資を受けて活動している。

私たちの使命は、さまざまな生物種のゲノムの改変や研究において新規のDNA/RNA操作ツールを提供することを通じ、PPR(Pentatricopeptide repeat)技術を医療、産業、農業などの分野を含む広範囲なバイオ産業に応用することである。

このため、「New Tools Lead to a New World」をビジョンに掲げ、既存の技術では不可能なことが可能になる、困っていたことが困らなくなる、「ヒラメキ」が形になる、そのような世界の実現に向け、新たな世界標準となる技術開発に日々まい進している。

新規の国産技術を利用

PPRは植物に非常に多く含まれるタンパク質遺伝子として発見され(植物で500個)、ヒトや酵母にも存在している。PPRタンパク質は35アミノ酸からなるPPRモチーフが複数連結した構造をしている。そしてそれぞれのPPRモチーフ内の特定位置の3アミノ酸が、特定の塩基に結合することにより、標的DNAまたはRNAに対する多様な機能を担っている(図1)。

図1 PPRの構造と核酸認識コード


さまざまな生物種を対象としたゲノム編集は、ゲノム中の狙った一つの遺伝子を破壊(ノックアウト)、あるいは外来遺伝子を狙ったゲノム位置に導入(ノックイン)する技術を指す。このゲノム編集により、遺伝子組み換え技術を含む従来の技術の制限を乗り越え、迅速かつ効率よい遺伝子改変が可能になった。

現在ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN:Zinc-Finger Nuclease)、タレン(TALEN:Transcription Activator-Like Effector Nuclease)、クリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)というツールを利用した海外技術が確立しており、すでに動物、魚、家畜、植物、微生物などの遺伝子改変に利用されている。

これらの技術に対し、当社のPPRタンパク質工学技術は、以下の2種類により構成されている新規の国産技術である。

1)任意のDNA/RNA配列に対して結合するPPRタンパク質の効率的な作製が可能である。

2)さらに作製したPPRタンパク質と機能タンパク質と融合させることで、さまざまな目的に応じたDNA/RNAの操作、加工機能の付加が可能である。


この技術を利用することにより、既存のDNA/RNA編集のみならず、スプライシング制御、翻訳制御、生細胞内での核酸の可視化、標的配列を持つ核酸の検出などが可能なDNA/RNA操作ツールの作製が可能である(図2)。

図2 PPRタンパク質工学技術の概要


開発のきっかけ

九州大学で八木祐介博士らと、PPRの配列特異的な核酸との融合メカニズムを世界に先駆けて解明するとともに、目的とするDNA/RNA配列に結合する人工PPRタンパク質分子を設計する技術を確立した*12

この中核技術を基に、当社の挑戦が始まった。

その後、2016年には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」、および国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」の「ゲノム編集」産学共創コンソーシアムに参画機関として採択され、PPRタンパク質工学技術の効率的な作製法や評価法などの基礎データを積み重ねるとともに、複数の産業利用を視野に入れたDNA/RNA操作のPOC (Proof Of Concept)を得ることができた。

今後の展望

私たち人類の歴史は常に遺伝子を構成するDNAの改変と共にあり、農業における植物の改良は6千年前から続いている。1960年ごろ、制限酵素というDNAを切るツールの発見により、現代分子生物学が大きく発展した。

2010年ごろに、ゲノム編集という革新的な技術が確立し、ほとんど全ての生物に対して狙った遺伝子(DNA)の理論的な改変が可能になった。それらを使用することにより、生物学および生物系産業の大きな変革が期待されている。

しかし、RNAの大規模解析から今まで、遺伝情報の中心と考えられていたタンパク質になる遺伝子は、ヒトには極めて少量(全体の約1.5%)しか含まれていないにも関わらず、ゲノムの大部分(全体の約60%)が転写されていることが分かった。

このタンパク質を生成しないRNA(ncRNA)がヒトのヒトたるゆえんの謎を秘めていると考えられている。

当社では、ncRNAを含めた標的DNA/RNAに配列特異的に結合するPPRを設計・作製するノウハウを蓄積しており、このノウハウを生かし、医療分野をはじめ、工業や化学などさまざまな産業分野への応用を目指している。

これまでに医療分野(創薬、創薬支援)を中核にして事業展開を図っており、2018年7月には、日本革新創薬株式会社と加齢黄斑変性治療薬の医薬品創製を目的とした共同研究契約を締結した。

加齢黄斑変性は、加齢により網膜の中心部である黄斑に障害が生じ、視力が低下し失明を引き起こす病気である。欧米では成人の失明原因の第1位となっており、超高齢社会に突入した日本において、今後、本疾病に罹患(りかん)する患者が増加すると予想されている。今回の共同研究では、日本革新創薬株式会社の加齢黄斑変性に関する知見・ノウハウをもとに、当社が有するPPRタンパク質を用いた独自のRNA操作技術を活用し、患者のQOL(生活の質)向上につながる新たな治療アプローチの可能性を探っていく。

今後も当社はRNAの理解と利用を進めるため、全く新しい日本発の独自DNA/RNA操作技術を提供していく。

*1
PPRモチーフを利用したRNA結合性タンパク質の設計方法及びその利用
[PCT/JP2012/077274;九州大学]

*2
PPRモチーフを利用したDNA結合性タンパク質およびその利用
[PCT/JP2014/061329; 九州大学、広島大学]