2019年2月号
特集 - 天使となるか 日本のゲノム編集最前線
ゲノム編集産業を開拓するセツロテック
顔写真

竹澤 慎一郎 Profile
(たけざわ・しんいちろう)

株式会社セツロテック 代表取締役社長



セツロテックの誕生

株式会社セツロテック(以下「当社」)は、2017年2月に設立した徳島大学発ベンチャー企業(認定番号12)である。徳島大学の助教(設立当時)であり、発生生物学を専門にする竹本龍也は、2015年にマウスの受精卵を対象に高効率にゲノム編集受精卵を作出する受精卵エレクトロポレーション法(GEEP法)を開発**1し、特許出願した。従来、ゲノム編集を個体レベルで導入する際には、マイクロインジェクション法という、受精卵にガラスキャピラリーでゲノム編集因子を含んだ溶液を注入する方法が取られていたが、高解像度の顕微鏡下での操作を要し、受精卵1個1個に注入する操作のため熟練と時間を要していた。GEEP法では、1㎜の溝を電極で挟んで、その溝にゲノム編集因子を含んだ溶液を満たして受精卵を数十個並べることができ、通電することでゲノム編集因子を受精卵に導入することができる。

本法は、一定のノウハウはあるものの、担当者の熟練によらずに安定的にゲノム編集技術を活用できるようになり、受託サービスに適用しやすい技術と言える。また、将来的にはシンプルな手法の特徴を生かし、自動装置に発展可能であると考えられる(図1)。これらの特徴を訴え、2016年にNEDO*1 Technology Commercialization Programに応募したところ、最優秀賞を受賞した。また、同時期にNEDOスタートアップイノベーター(SUI)にも採択され、初年度の研究費が確保されたことで、スムーズな会社設立につながった。

図1 従来法とGEEP法の比較


ゲノム編集とは

ゲノム編集は、2012年にクリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)システムが発明されて以来、分子生物学の基本ツールとして多くの研究室で利用されるようになった。CRISPR/Cas9 は、細菌や古細菌において外来性ウイルスやプラスミドへの獲得免疫を与える適応免疫システムであるが、ヌクレアーゼであるCas9とtracrRNA、crRNAの3分子を真核生物の核内に到達させることで、crRNAに設計した相補的DNA配列部分を切断する反応を惹起(じゃっき)し、精度の高い二本鎖切断を産生する。二本鎖切断(DSB)は、その後、非相同性末端結合(NHEJ)と相同組換え型修復(HDR)という、細胞内在性の2種の修復機能のいずれかによって修復される。NHEJによる修復では、修復において誤りが生じやすいことが知られており、この過程でしばしば二本鎖切断(DSB)部位に挿入欠損(InDel)変異が生じるため、フレームシフトや終止コドンを誘発し、標的遺伝子の機能を破壊することが可能である。一方、Cas9、tracrRNA、crRNAに加え、一本鎖オリゴDNAを導入することで、HDRの経路により一本鎖オリゴDNAを鋳型として、ゲノムDNAに点変異や任意の外来遺伝子の挿入が可能となる。以上から、ゲノム編集により遺伝子の欠損、点変異導入、外来遺伝子の挿入が可能となる(図2)。

図2 ゲノム編集は遺伝子欠損、点変異導入、長鎖DNA挿入が可能


当社の研究支援事業の特徴

当社では、「ゲノム編集産業を開拓する」というビジョンを掲げ、ゲノム編集技術を活用したサービスや商品を開発する。その最初の事業として、研究支援事業を立ち上げた。研究現場で利用される実験動物や培養細胞をゲノム編集するサービスである。当サービスを立ち上げるに当たり、従来のノックアウトマウス作製サービスとの違いを分かりやすくすることが重要と考えた。そこで、1)ゲノム編集効率を重視した技術開発、2)短納期安価のサービス設計の2点を重視した。受精卵に、エレクトロポレーションによりゲノム編集が可能であることは竹本らの研究で分かっていたが、さらに高効率で安定的に実施できる条件を検討した。

また、従来は点変異導入や長鎖DNA挿入は効率が低いことが課題であった。NEDOのSUIでの研究などにより、点変異については改善できる条件が検討できた。また、従来ノックアウトマウスの作製は年単位の作業工数がかかっていたが、当社のゲノム編集サービスでは最速2週間での納品が可能である。これは、ゲノム編集受精卵を納品し、顧客側で卵管への移植をしてもらうようなサービスであり、胚操作の技術を要するが、ゲノム編集のノウハウをゼロから構築する時間のない研究室に利用してもらっている。また、当社のゲノム編集マウスはモザイク性が低く、F0世代でも納品が可能である。

遺伝子改変マウスを作製するとき、遺伝子改変マウスの系統を確立する必要がある。そのためには生殖系列の細胞群がゲノム編集されている必要があり、受精卵が分裂する前にゲノム編集により遺伝子改変されていることが必要となる。

当社では、体外受精直後にゲノム編集因子の導入を実施しており、Cas9はタンパク質で導入しているため、導入直後から機能することが推定される。当社の検証では、Cas9mRNAを導入したときにはゲノムの切断様式は4種類程度であったが、Cas9タンパク質の導入により2種類程度のモザイク性に調整することができ、F0世代でも納品できる受精卵サービスやゲノム編集マウス作製サービスが実現した。

ゲノム編集動物事業の未来

当社が掲げる「ゲノム編集産業を開拓する」というビジョンは、必ずしも研究支援分野だけをフォーカスしたものではない。現状ではゲノム編集技術は研究現場の実験方法でしかないが、同技術は適切に活用することで、農業・畜産・水産などの生物資源を活用したあらゆる分野で利用可能な技術である。

当社では、マウス以外の哺乳類の事例として、ブタのゲノム編集に着手している**2。ゲノム編集ブタが自在に扱えるようになることで、病気への耐性、生産性の向上、肉質や風味が独特なブタを作出できると考えられる。一方で食用のブタのゲノム編集が社会で受け入れられるかは、文化の問題があり必ずしも容易ではない。

ところで、ブタは人間の臓器とサイズが似ていることから、従前より医療手技の訓練に使われていたり、医療機器の開発に利用される機会もあった。そこで、ゲノム編集により疾患モデルブタを作出し、医療現場や医療機器開発に利用されるブタの開発も視野に入れ研究を進めている。

以上のように、当社では研究支援事業によりゲノム編集の基本技術を高めつつ、ブタやそのほかの動物のゲノム編集により生物資源を活用した産業を、ゲノム編集により再定義することを目指し、事業展開を加速しているところである。

●参考文献

**1
Hashimoto, M.; Yamashita, Y.; Takemoto, T*. Electroporation of Cas9 protein/sgRNA into early pronuclear zygotes generates non-mosaic mutants in the mouse. Dev. Biol Developmental biology. 2016, 418: 1-9.

**2
Tanihara, F.; Takemoto, T*.; Kitagawa, E.; Rao, S.; Do, L.; Onishi, A.; Yamashita, Y.; Kosugi, C.; Suzuki, H.; Sembon, S.; Suzuki, S.; Nakai, M.; Hashimoto, M.; Yasue, A.; Matsuhisa, M.; Noji, N.; Fujimura, T.; Fuchimoto, Di.; Otoi, T*. Somatic cell reprogramming-free generation of genetically modified pigs. Science Advances. 2016, Vol. 2, no. 9, e1600803.

*1
NEDO:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構