2019年4月号
特集 - アグリビジネス
現代版かかしが、田んぼや畑を見守る近未来

米や野菜などの栽培をナビゲートするIoT機器「e-kakashi」が、農業の現場や教育で利用が進んでいる。開発を主導してきたのは、ソフトバンク株式会社の子会社で博士号を持つPSソリューションズの会社員たちだ。

栽培をナビゲートするIoT機器

「e-kakashi(いいかかし)」は、田んぼや畑などの圃場(ほじょう)から温度湿度、日射量、土壌内の温度や水分量、二酸化炭素、電気伝導度など環境情報や生育情報を収集し、栽培ナビゲーションをしてくれる農業IoTソリューションだ。

田んぼに設置されたe-kakashi(写真はイメージです)


収集されたデータはいつでもどこでもスマートフォンやタブレット、パソコンなど手持ちの端末から閲覧可能。見やすいGUI(Graphical User Interface)で表示され、直感的に今の圃場の様子を把握できる。さらに行った作業を入力するとそのタイミングの環境情報に自動でひも付けされるため、これまで培ってきた経験や勘といった「知見」を、簡単に電子マニュアル「ekレシピ」に落とし込むことができる。また収集されたデータは植物科学に基づいて構築された「ハイブリッドAI」で分析され、生育ステージごとに重要な成長要因や阻害要因を特定する。例えば病害虫発生など栽培工程におけるリスクをアラートしたり、何をすべきか、どう対処すべきかなど対処法をナビゲートしたり、栽培における判断をサポートする仕組みを提供する。カーナビのルート表示に該当する機能といえる。

「ekレシピ」にデータとして記録された知見は、複数の利用者で共有可能とし、栽培はもとより栽培指導や農作業の精密化と効率化を支援する。地域独自の栽培ノウハウの蓄積をはじめ、品質・収量向上に貢献する。

ゲートウェイとなる親機は、センサーノードと呼ばれる子機からの取得データをクラウドに転送する収集装置で、面倒なセットアップも不要だ。スイッチオンでクラウド環境へと簡単に接続し、子機へとつなげる。そして子機は最大100台まで増設可能だ。子機は、圃場の環境情報を収集し、親機に送信する装置で、センサーを接続し、温度、湿度、日射、土壌水分などの情報を取得する。また、バッテリー内蔵だから設置場所には電源がいらない。

それらを開発し製品化してきたのがPSソリューションズ株式会社(東京都港区)フェロー(システム情報科学)の山口典男博士をはじめ、同CPS事業本部農業科学Lab.所長(学術)の戸上崇博士だ。装置には学術的知見が詰まっており、東京大学特任教授の二宮正士氏にもアドバイスを受けながら開発してきた。2015年の販売開始以来、国内外で普及が進み、350サイト以上で稼働中だ。

戸上崇氏


戸上氏は「10分に1回計測するだけなのでバッテリーは3年間持ちます。防水防塵で、子機はマイナス20℃~60℃まで対応します。北海道での試験では、マイナス15℃で1週間半耐え抜いて稼働しました」と誇らしげだ。

普及促進戦略

昨年は、福岡県宗像市「むなかた園芸農業ICT技術普及促進事業」が総務省「ICTまち・ひと・しごと創生推進事業」に採択、ICTの利活用推進によって地域の活性化を目指すプロジェクトが実施されることを受け、同社のe-kakashiを農業ICTツールとして採用。福岡県のイチゴブランドとしても知られる「あまおう」のハウスに設置された。

また、ビニールハウスなどの園芸施設での実績を生かし、養鶏に応用する研究が始まっている。IoTセンサーによって施設内の温度と湿度など養鶏の現場で必要とされるデータも収集、分析する仕組みで、鶏舎内の環境に急激な変化があれば、メールや管理画面上にアラートを出す。

空調を管理するカーテンも、IoTモーターに交換するだけで遠隔操作によって開閉を可能にし、空調管理の効率化も実現させるソリューションも研究中。将来的には、遠隔地から水やガスなどの流体制御も可能にするという。園芸や畜産など、手掛ける品目の種類を選ばず応用が可能で、実用化が期待されている。

経験と勘に頼っていた室内温度や空調管理を、飼育成績と連動して記録し、AIで分析すれば、養鶏農家の知見や技術の「見える化」で農業以外の利用も広がるだろう。

そのほか、農業情報学会開発奨励賞を受賞し同社のe-kakashiが学術的にも認められ信頼の証しを得た。

新規機能も次々と発表し、アプリ「e-kakashi Ai(アイ)」は、圃場周辺の天気、気温、湿度、日射量、風向き、風速、降水量などの気象情報を1km四方の細かさで把握し表示する。収集した気象情報をAIが分析し、気象災害への対策や作物の生理障害や病害虫発生の予防方法を事前に提案し、農作業に必要な判断までも手助けする。農薬散布のタイミング効率化にも威力を発揮する。

ITリテラシーと農業情報リテラシーを学ぶ人材育成

戸上氏は、農業IoT機器を活用するには、計測データや作物の生育情報を、植物科学的な目線で読み解く力として、ITリテラシーと農業情報リテラシーの二つが必要だという。宮崎県立農業大学校をはじめ九州の農業大学校を中心に、計測したデータをどう役立てるか…までを学ぶプログラムだ。

未来を担う若者に対して科学的根拠に基づいた農業教育と、最先端技術にも触れてもらう機会を設けることで、次世代につながる強い農業に貢献する教育を行っている。

e-kakashiを使った、宮崎県立農業大学校での教育プログラム


e-kakashiを活用し、科学的な栽培を実践しながら、農業でこれまで培われてきた経験や勘といった技術と知識の継承に加え、国内外の農業課題、最先端のテクノロジー科学と環境保全までを組み込んだ広範な人材育成だ。

e-kakashiは、親機と子機をそろえると、初年度100万円ほど。以後月額7~8,000円の費用を必要とするため個人農家にとって安くない導入費となる。だが先の福岡県宗像市、京都府与謝野町など自治体が導入し、地域全体での活用が進んでいる。その活用は国内にとどまらず日本の総務省とコロンビア政府とのプロジェクトでも活用され、それが同社の強みであり戦略と言える。

 高齢化による地元農業衰退に歯止めをかけるには、「経験と勘」を見える化し継承が課題だ。最先端技術を活用しても、プロジェクト期間中だけの使用で終わり、倉庫でほこりをかぶっていることのないよう細部に手を入れ、人も育てる。田んぼや畑の中で見守ってきた案山子(かかし)が、e-kakashiのようなAIを組み込んだIoT機器に取って代わる近未来の農業の姿を見た。

(本誌編集長 山口泰博)