2019年9月号
特集 - ヒト生体試料の生かし方
岡大バイオバンク:産官学の基礎研究と創薬研究を支援する基盤
顔写真

森田 瑞樹 Profile
(もりた・みずき)

岡山大学大学院 ヘルスシステム統合科学研究科 教授


はじめに

岡山大学病院バイオバンク(岡大バイオバンク)は、岡山大学病院に設置されたバイオバンクとして2015年4月より新規に検体の保管を開始した。

岡山大学病院は岡山市の中心部に位置し、高度医療および地域医療において中核的な役割を担っている医療施設である。現在、岡山大学病院には医科系37および歯科系12の計49診療科があり、岡大バイオバンクでは多くの診療科の協力の下に幅広い疾患の検体を保管している。

また、岡大バイオバンクでは検体の保管だけでなく、診療科や製薬企業が実施する臨床研究における前方視的な検体の収集、処理、保管の支援や解析の支援も行っている(いわゆる「オンデマンド型」もしくは海外では「just-in-time collection」とも呼ばれる方式である)。保管した検体は学内の診療科や研究室のみならず国内外の民間企業へも提供しており、治療薬や診断薬の研究開発を中心に、さまざまな民間企業での研究開発に利用されてきた。

検体保管庫


設立の経緯

岡山大学病院は2013年に臨床研究中核病院整備事業(厚生労働省)の対象機関に選定され、次いで岡山大学が翌2014年に橋渡し研究加速ネットワークプログラム(文部科学省)の拠点事業に採択された。これらの採択に伴い岡山大学および岡山大学病院は、バイオバンクの設置準備を開始し、2015年4月より稼働を開始した。

岡山大学病院には臨床研究の支援を担う「新医療研究開発センター」が2010年に設置されており、岡大バイオバンクはこうした部門や各診療科および医学部の共同実験室などと連携を取りながら、岡山大学病院を中心に実施される臨床研究および基礎研究の重層的な支援を提供している。

また、設立当初より各診療科の担当者が集まる会議を月に1度開催しており、各診療科が一丸となって取り組んでいる。

岡大バイオバンクの目指すところ

世界中にさまざまなバイオバンクが存在しているが、バイオバンクとは画一的なものではなく、バイオバンクごとに目的や方針などは多様である。

岡大バイオバンクは前述の設立の経緯に基づき、新しい治療が社会に送り出されることを強力に後押しすることをビジョンとしている。従来のバイオバンクとしての活動(包括同意に基づく臨床検体の長期保管)のほかに、臨床研究に付随した検体の収集・保管の支援、およびさまざまな解析機器を用いたバイオマーカーの評価や探索の支援を実施している。

岡大バイオバンクを開始した当時、すでに国内には多くのバイオバンクが存在していたものの、一方で特に民間企業の研究開発において必要な生体試料の供給は十分ではなく、海外からの輸入に頼っているという状況にあった。日本人を対象とした治療薬・診断薬の開発の促進のためには、このギャップを埋める必要があると考えた。

他方で、バイオバンクの保管検体がいつ必要になるかを事前に想定することは難しい。しかし、必要になってから収集するのでは間に合わないような疾患や検体もあるため、長期間にわたる保管を前提としなくてはならない。また、一度保管した検体を廃棄することは、こうした事情以外に倫理的な観点からも容易ではない。

そこで岡大バイオバンクは、「役に立つ」ことと「継続する」ことの2点をミッションとして掲げ、これを実現するためにさまざまな施策を常に考え実行している。

岡大バイオバンクの活動内容

①検体保管

保管検体は主に、血液、組織、体腔液(腹水、胸水、肺胞洗浄液など)である(表1)。

血液として血清、血漿(けっしょう)、バフィーコート(血小板と白血球の成分サンプル)、末梢血単核細胞(PBMC)があり、血中のバイオマーカーの評価には血清や血漿、生細胞を用いた薬剤の評価を行うのであればPBMC、核酸の抽出を行うのであればバフィーコート、といったように使い分けられている。

組織検体は、同じものを凍結(液体窒素)、RNAlater、PAXgene固定パラフィン包埋(PFPE)*1の3種類の条件で保管している。また、がんの組織検体については可能な限り腫瘍部と正常部のペアで保管をしている。さらに、血液検体がセットで保管されていることも多い。PAXgeneはパラフィン包埋を作成する際に用いる固定液であり、ホルマリン固定よりも分子の破壊が少ない。また、PFPEからHE染色スライドを作成しており、ここから腫瘍細胞割合を評価することが可能である。

②付随する臨床情報の収集

保管しているのは検体のみではなく、臨床情報が付随している。岡大バイオバンクは病院併設型のバイオバンクである強みを生かし、電子カルテから臨床情報を抽出する仕組みを構築している。臨床情報と検体の情報を統合したデータベースがあることで、利用者が希望する検体の検索を短時間で行うことができ、また検体の提供時に併せて臨床情報も提供することができる。

③前向き検体収集

岡山大学病院で実施される一部の臨床研究について、バイオバンクが検体の処理と保管を行っている。バイオマーカーの評価や探索を行う際には臨床研究に付随して検体の収集を行うが、それを診療科が高く安定した品質を保って実施することは容易ではない。そこで、診療科の依頼に基づきバイオバンクが支援を行っている。なお、当該研究で使用しなかった残余検体は、研究終了後に希望する研究者に提供が可能となる。

④解析支援

解析機器として次世代シーケンサー(MiSeq)、ライブセルイメージング(IncuCyte ZOOM)、タンパク質多項目同時測定システム(Bio-Plex200)など、バイオマーカーや治療標的分子の探索と評価などに必要な21種類を保有しており、一部の機器を学内・学外の研究者へ解放している。また、操作に習熟したバイオバンクの職員が解析を行う受託解析も提供しており、特に学内の医学系研究に広く利用されて多くの論文の出版につながっている。

表1 主な保管検体の種類


これまでの実績

2019年7月時点で、のべ1万4527症例分の検体の保管があり、これまでに31件の検体提供を行った。提供先はアカデミアと民間企業がほぼ同数である(表2)。依頼を受けて(共同研究として)検体および臨床情報を前向きに収集するいわゆるオンデマンド型もこの中に含まれている(ただし、まだ提供に至っていない研究は件数に含まれていない)。

また、臨床研究における検体の収集・保管は12件の支援を行っている。現在、全ての研究が実施中であり、幾つかの研究については保管した検体を利用した解析も支援させて頂いている。

解析支援の実施数は、解放機器の利用と受託解析を合わせるとのべ3,124件(うち学外がのべ45件)となる。アカデミアの基礎研究の支援の割合が高くなるため、解析支援の成果は論文として発表されていることが多い。

これらの実績の一覧はホームページ*2で公開しているので、最新の情報についてはこちらをご参照頂きたい。

表2 保管検体の提供例


岡大バイオバンクの特徴

岡大バイオバンクでは、「役に立つ」および「継続する」ために、次のような特徴がある。

まず、岡大バイオバンクでは利用者に焦点を当てている。岡大バイオバンクは規模が小さいバイオバンクであるが、たくさんの研究に利用して頂くことで、多くの成果を生み出すことにつながると考えている。このために、バイオバンクの利用者および潜在的な利用者からの声を大切にしている。結果として、アカデミアのみならず多くの民間企業への検体提供につながっているものと考えている。

次に、学内・院内の他部署と連携し、一つの研究に対して多方面からの支援を行っている。前述のように、学内・院内には複数の研究支援部門があるが、それらが必要に応じて連携して支援を実施することで、研究者が研究に専念しやすい環境を提供できる。

解析機器の利用においては、ただの物品の貸し出しとならないような工夫を心掛けている。解析機器の使用頻度は研究者ごとに見ると高くないため、操作ができる技術職員を配置してサービスとして学内と学外に提供することにより、解析機器の効率的な運用につながり、また安定した解析結果を出すことに貢献できている。

最後に、岡大バイオバンクは人(現場の作業に従事するスタッフ)を中心に据えて作られている。例えば、バイオバンクにとって「品質」は最も重要な課題の一つである。このため岡大バイオバンクでは品質の確保のためにマニュアルや標準手順書(SOP)などを重視しているが、一方で書類が先行するのではなく、人を育て、文化を創り、その結果として安定して高い品質が保たれるよう心掛けている。品質の向上のために何ができるかを常に現場のスタッフ全員が考え話し合っていることが私たちの強みである。

さいごに

国内のバイオバンクを取り巻く環境は、岡大バイオバンクを立ち上げたのと同じ時期から大きく変化してきた。クリニカルバイオバンク学会*3が立ち上がり、また国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が「バイオバンク連絡会」を開始し、結果としてバイオバンクの関係者が顔を合わせる機会が増えた。新しい治療を待ち望んでいる方々の期待に応えるために、多様なステークホルダーと連携をしながら前進を続けたい。バイオバンクへの要望やご意見などはぜひ遠慮なくお寄せ頂きたい。

*1
RNAlaterとPAXgeneはいずれも生体組織の固定に用いる試薬である。組織は生体から採取したまま放置すると劣化するため、診断や研究のために組織内の生化学反応を停止するような処理を施す。このような処理を固定と呼ぶ。臨床において組織の固定によく用いられる試薬はホルマリンであるが、このホルマリンは核酸の断片化を引き起こす。RNAlaterやPAXgeneなどは核酸を安定して保管できるようにデザインされた固定試薬である。

*2
http://biobank.ccsv.okayama-u.ac.jp(accessed 2019-09-15)

*3
http://www.clinicalbiobank.org(accessed 2019-09-15)